聞こえる。微かに、しかし、確実に。
耳障りな嗚咽。何かを訴える掠れた声。
ぼんやり、というのだろうか。
ふわふわ、というのもいいかもしれない。
そんな曖昧な意識の中、その「声」が紡ぐ言葉を聞き取ろうと、耳を澄ます。
高くか細い声は、確かにそう言った。
朱里。私の名だ。その時、初めて気がついた。声の主の正体に。
朧気な意識は、私の思考を妨げる。
如何しても、彼女の顔が見たかった。
重苦しい頭は動かず、役立たずの目は紅色に染まるカーペットしか映さない。
驚くほど、掠れた声。
殆ど音になっていなかっただろう、私の声。
優里は、私が思っていたより近くにいたようだ。
私が彼女の名前を呼んだ途端、熱いものが上から垂れて、私の頬を濡らした。
彼女の、涙。
あぁ、人の涙って、こんなにも温かいんだ。
何かが喉に引っかかり、呼吸を阻む。そのせいで、息を吸う度におかしな音を立てる。
その不快な音は、徐々に小さくなり、やがて止んだ。
視線をずらすと、目の端に花瓶が見えた。
静かに、それでいて美しく咲き誇る、白百合の花。
その花弁が、床に落ちる。
ゆっくり、ゆっくり。
何故だか、時が止まったように思える。
不思議。これって、もしかして……死ぬ前の―
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!