第9話

朱里
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2018/10/23 09:40
チカチカ。

道端の街灯が、明かりを灯しては消え、灯しては消えを繰り返し、チカチカしている。
今日も、姉さんは帰りが遅いのだろうか。
見えてきたわが家には、明かりが灯っていなかった。
―と。
玄関の前に人影が見えた。
踏み出した足が、自然と止まる。
私は視力は良い方だが、この暗がりでは人の判別ができなかった。
背が低く、長髪のシルエットだ。

怖い人だったら、どうしよう。
襲われたりしたら、どうしよう。

そんな考えが頭を駆け巡り、私の思考を占領する。
ぐるぐる、ぐるぐる。

その瞬間、人影がこちらに体を向けた。
私の存在が、気付かれた。
私が息を呑むと同時に、人影はこちらに向かって走ってきた。
4メートルもなかったであろう、その距離。

―逃げなきゃ。

本能的にそう思い、後ろへターンする。
既に人影は至近距離。まずい―

ふわり。

甘い香りが、私の鼻をくすぐった。
甘くて、それでいてしつこくない、私の好きな香り。
その香りに、私は心当たりがあった。
まさか…
ユリ
ユリ
朱里っ!
私の疑問は、確信に変わった。
私の胸に飛び込んできたのは、目尻に涙を溜めた優里。
ユリ
ユリ
お願いっ!ついてきて…!
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―――

――
アカリ
アカリ
優里…?ここ、どこ…?
さすがに不安になった私は、優里に問いかけた。
優里に手を握られて連れてこられたのは、古ぼけた洋館。
壁一面に絡まるツタと、一寸先も見えぬ闇。
かなり不気味な雰囲気を醸し出している。
優里は私の声など聞こえないように、迷わず扉を開けた。
アカリ
アカリ
えっ…ちょっ、ちょっと…!
不法侵入では、ないだろうか。
いや、それ以前に。
こんなところに少しも気味悪がる様子もなく、迷わず足を踏み入れた彼女に、私は少し、違和感を覚えた。

ギィィィィィ―

扉を背にした途端、軋んだような音を立てて、扉が閉まった。
辺りは闇に包まれる。
アカリ
アカリ
ゆっ、優里…!
私は思わず、繋いだ彼女の手を握りしめる。
そこで、気付いた。
優里の手は、力が入っていない。
ただ私の手と重ねているだけ。
彼女は―平気なのか?この状況が。いつもの優里なら有り得ない。
優里は、怖いものが苦手だから。
暗いところが、苦手だから。
―おかしい。明らかに。

雲が晴れたのか、そっと、窓から月明かりが差し込む。
窓際にある花瓶が月明かりに照らされ、生けられていた白百合が、月夜に輝く。
ゆらゆら、ゆらゆら。

―どう見ても、無人の洋館。
外観からして、もう何十年も使われていないのだろう。
輝く白百合が、また違和感を生んでいる。

ふと、優里が手を離した。
アカリ
アカリ
優里っ…!?
優里は、長く艶やかな黒髪をなびかせながら、こちらを振り返った。
ユリ
ユリ
朱里
私の名を呼ぶ、その愛おしい声は、低く、冷淡で、冷たくて。
背筋に寒気が走った。
ゾク、ゾク。

キラリ。

優里の手元の「何か」が、月明かりに反射して、キラリと光った。

刃―カッターナイフの、刃。
私の頬が強張るのを感じる。
彼女は、優里は、何をしようとしている…?
ユリ
ユリ
朱里っ
優里は、一見普通だ。
でも、私にはわかる。
絶対に普通じゃない。いつもと、違う。
私は思わず、後方に1歩後ずさった。
それを知ってか知らずにか、優里も私の方へ1歩踏み出した。
ユリ
ユリ
朱里っ朱里朱里朱里朱里朱里朱里っ!
寒気がした。
背中に氷水を浴びたようだ。
見ると、優里の表情は、高揚感に満ち溢れていた。
―狂ってる。確実に。彼女は、今の彼女は、普通じゃない。

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