チカチカ。
道端の街灯が、明かりを灯しては消え、灯しては消えを繰り返し、チカチカしている。
今日も、姉さんは帰りが遅いのだろうか。
見えてきたわが家には、明かりが灯っていなかった。
―と。
玄関の前に人影が見えた。
踏み出した足が、自然と止まる。
私は視力は良い方だが、この暗がりでは人の判別ができなかった。
背が低く、長髪のシルエットだ。
怖い人だったら、どうしよう。
襲われたりしたら、どうしよう。
そんな考えが頭を駆け巡り、私の思考を占領する。
ぐるぐる、ぐるぐる。
その瞬間、人影がこちらに体を向けた。
私の存在が、気付かれた。
私が息を呑むと同時に、人影はこちらに向かって走ってきた。
4メートルもなかったであろう、その距離。
―逃げなきゃ。
本能的にそう思い、後ろへターンする。
既に人影は至近距離。まずい―
ふわり。
甘い香りが、私の鼻をくすぐった。
甘くて、それでいてしつこくない、私の好きな香り。
その香りに、私は心当たりがあった。
まさか…
私の疑問は、確信に変わった。
私の胸に飛び込んできたのは、目尻に涙を溜めた優里。
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さすがに不安になった私は、優里に問いかけた。
優里に手を握られて連れてこられたのは、古ぼけた洋館。
壁一面に絡まるツタと、一寸先も見えぬ闇。
かなり不気味な雰囲気を醸し出している。
優里は私の声など聞こえないように、迷わず扉を開けた。
不法侵入では、ないだろうか。
いや、それ以前に。
こんなところに少しも気味悪がる様子もなく、迷わず足を踏み入れた彼女に、私は少し、違和感を覚えた。
ギィィィィィ―
扉を背にした途端、軋んだような音を立てて、扉が閉まった。
辺りは闇に包まれる。
私は思わず、繋いだ彼女の手を握りしめる。
そこで、気付いた。
優里の手は、力が入っていない。
ただ私の手と重ねているだけ。
彼女は―平気なのか?この状況が。いつもの優里なら有り得ない。
優里は、怖いものが苦手だから。
暗いところが、苦手だから。
―おかしい。明らかに。
雲が晴れたのか、そっと、窓から月明かりが差し込む。
窓際にある花瓶が月明かりに照らされ、生けられていた白百合が、月夜に輝く。
ゆらゆら、ゆらゆら。
―どう見ても、無人の洋館。
外観からして、もう何十年も使われていないのだろう。
輝く白百合が、また違和感を生んでいる。
ふと、優里が手を離した。
優里は、長く艶やかな黒髪をなびかせながら、こちらを振り返った。
私の名を呼ぶ、その愛おしい声は、低く、冷淡で、冷たくて。
背筋に寒気が走った。
ゾク、ゾク。
キラリ。
優里の手元の「何か」が、月明かりに反射して、キラリと光った。
刃―カッターナイフの、刃。
私の頬が強張るのを感じる。
彼女は、優里は、何をしようとしている…?
優里は、一見普通だ。
でも、私にはわかる。
絶対に普通じゃない。いつもと、違う。
私は思わず、後方に1歩後ずさった。
それを知ってか知らずにか、優里も私の方へ1歩踏み出した。
寒気がした。
背中に氷水を浴びたようだ。
見ると、優里の表情は、高揚感に満ち溢れていた。
―狂ってる。確実に。彼女は、今の彼女は、普通じゃない。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。