「どうしたの? 渋った顔して」
授業を終え、白けた表情で机に伏せていた私の前に、背の高い一人の男性が現れた。深い溜息をついた私の前の席に腰を掛けると、ニヤけた表情で「可愛いね」と私の顔を覗いた。
「誰?」
直球にそう問いかけた。彼は、困ったように眉を八の字に曲げては「直球過ぎない?」と苦笑した。
「俺は二年の伊野尾慧。君は?」
「えっ、二年生………」
馴れ馴れしい口を聞いたのはいいものの、なんと私よりも一つ上の先輩だと判明し目を丸くした。
「何その驚いた顔は?」
「あ、いえ………私、一年の黒羽あなたです。私よりも先輩なようで、少し驚いてしまって」
適当にそう言ってあしらうが、彼は更に私の方へと顔を寄せて悪魔の囁きを零した。
「―――そんなに綺麗なのに、勿体ない」
思わず「は?」と声を低くした。いくら相手が先輩だとは言え、失言を聞かなかった事にできるほど人間が出来ている訳ではなかった。
むしろその逆とも言える。私はぱちくりと目を丸くさせる伊野尾慧という先輩を強く睨み付けながら言った。
「勿体ないって………何の話ですか?」
先輩は浅く微笑み私の長い黒髪に指を絡める。周りの生徒達は、それぞれお昼へ向かうためにゾロゾロとこぞって講義室を後にしていく。この部屋に残っているのは、私と彼……そして数人の生徒のみだった。
「彼氏居ないの?」
「失礼ですね! いますよ!」
先輩はそうなんだと口を大きく開けながら言った。あからさまにリアクションをされると何だかとてもじゃないが苛立ちを覚えてしまう。
ムッと頬を膨らませながら彼を睨み付ける。が、伊野尾さんは「ははっ」と軽く笑うだけで少しも怯みやしなかった。代わりに私の隣へと席を移し、妖しげに微笑みながら私の顔を覗いた。
「へぇ。いるんだ。………でもその割りにはどこか物足りなそうだけど?」
「それを聞いて先輩は何をしてくれるの?」
挑発するかのように呟いた。もちろん食いついて来ようが、引かれてしまおうが、そんなの私にはどうでもよかった。いや………それ以上に確信を持っていたのかもしれない。
きっと、彼なら私の甘い罠に掛かってくれるに違いないと―――。
「もちろん、あなたちゃんがシたい事をシてあげるまでだよ」
………ほら、食いついた。
これでもう貴方は私のモノに―――。
血管の浮き出た男らしい大きな手が、私の短いスカートの中に滑り込む。ひんやりとした冷たい指先で私の太腿を嫌らしくなぞっていく。
「―――彼氏と俺、どっちの方が君を満足させられる?」
背中にゾクゾクと冷たいものが走った。彼の言葉に興奮を覚えたのだろう。
「さぁ……どっちでしょう?」
私の身体に教え込ませてくれないかな?
貴方の唄う“セックス”を――――。
彼の瞳が、まるで獲物を捕らえたかのようにキラリと光ったような気がした。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!