第42話

童話
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2018/09/14 10:39
「───裕翔、久しぶり」
ㅤ彼の家へ訪れたのは、果たして何時ぶりだろうか?


ㅤインターホンへ唇を近付け、いつもと同じ声のトーンで彼の名前を呼んだ。

ㅤきっと彼は驚いている事だろう。散々メールや電話の返事を無視して来た彼女が、平然と自分の目の前に再び姿を現したのだから。
「………あなた」
ㅤ半信半疑なのか、恐る恐る鳴ったカチャリと言う鍵が開く音と共にゆっくりと扉が開かれた。

ㅤ扉から顔を出した彼は、以前よりも更に痩せてしまったような気がした。突然彼女が姿をくらまし心配でもしてくれていたのかな?
ㅤ骨の形が薄らと分かってしまう程に痩けてしまった頬に、少し小さくなったように思える胸板。あんなに好きだった優しい目の下には黒ずんだくまが目立っている。
「……随分痩せたね」
「ごめん………あなたの事が心配で…………ッ」
ㅤ以前から私に嫌われる事を恐れている裕翔は、私が発した何気ない一言に「ごめんね、ごめん」と俯きながらそう繰り返した。
「別に気にしてないよ。それより中入れて?」
ㅤ彼はなぜか目を丸く輝かせながら「わかった!」と快く家の中へ入れてくれた。相変わらずきちんと整頓された綺麗な家。ガサツな私が最も見習わなければいけない所だ。
「なんか飲む?」
「ううん、要らない。それよりまた前みたいに面白い話聞かせて?」
ㅤ裕翔はベッドの上、私はその前に置かれた背もたれのない円形のソファに腰掛け、あの仲良かった頃のように“お話”を聴く体勢に入った。

ㅤ久々のお願いに心を弾ませたのか、以前は「またー?」と呆れていた彼も、今日は何も言わずに快く引き受けてくれた。
ㅤ童話の大好きな彼が話すのは、子供の頃には絶対聞かせてくれない醜く汚らしい大人の世界の事。子供が読めるよう綺麗に改ざんされたあの偽物なんかとは違う、真の物語だ。
「でも、何で急に?」
「聞きたくなったの。何か最近、気分が浮かなくて」
ㅤラプンツェル───それは、私が最も好きなお話。


ㅤある時魔女は、自身が娘のように育てていたラプンツェルという名の植物を隣に住む男が妻の為にと盗んでいた事を知り、ラプンツェルと引き替えに彼らの赤子を引き取り、本当の娘のように可愛がって育てた。

ㅤ12歳になったラプンツェルを悪い男から守るため塔の中に閉じ込めていたが、ある日ラプンツェルと王子様が逢引していた事を知ってしまい、絶望した魔女は彼女を荒野へ追い出した。という話。
ㅤハッピーエンドの物語は好きじゃない。だって、自分の不幸さをより深く知ってしまうから。

ㅤ他人の罪は蜜の味────なんてよく言ったものだ、とつくづくそう思ってしまう私自身を恐いとさえ思ってしまった。



ㅤねぇ、裕翔。

ㅤこんな私を醜いと思わないで。
ㅤこんな私を………見捨てないでね。

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