第43話

哀れ
4,047
2018/09/25 12:40
ㅤラプンツェルの物語は、苦しいくらいサクサクと進んで行き、私の意を反するかのようにさっさと終わりを迎えてしまった。

ㅤそれと同時に流れる私と彼の間の沈黙。いつもならここから簡単な感想を言い合うはずなのだが、気味が悪いと思ってしまうくらい、私も彼も口を開こうとはしなかった。
ㅤまるで深い夢の中にいるような、ぼんやりとした視界の中に映る心配そうに私を見つめる彼。その痛々しく思える表情が、私には苦しくて仕方がない。
「あなた………?」
ㅤ恐る恐る私の名前を口にした彼の背中にそっと腕を回した。微かに伝わる彼の確かな温もりがより私の胸を痛めつけるのだ。
「………ッ、何?」
「なんか、疲れてない?」
 私の頬を優しく撫でながら裕翔は寂しそうに眉を寄せながらそう問いかけてきた。

ㅤ彼なりに心配してくれての言葉なのは、分かっていたけれど。それを素直に受け入れるには、まだ子供の私には少し難しく。知りもしない私の心を覗こうとする彼に、私はつい恐怖を覚えてしまった。

「裕翔に……私の何が分かるの?」
「え、あなた?」
「知りもしないくせに………私の心を覗こうとしないでよ」
ㅤそんなつもりじゃない、と彼も慌てた様子でそう訴えてきた。が、なぜか彼を疑う事に精一杯だった私は、それを素直に聞き入れられる余裕がない。
「嘘…………ッ、嘘だ………」
「あなた………本当にどうしたの? なんかあった?」
ㅤそれまで私を蝕んでいた小さな闇が彼に会ったことで突然大きくなり、どんどん私の心を削っていっているような気がして。


ㅤ寂しい。怖い。嫌い。助けて。殺して。色々な感情が私の正常な脳をグチャグチャに混ぜ込む。それはまるで、初めてクレヨンを手にした子供が無心で描いた絵のようだった。


「…………嫌い」
「大丈夫だよ、あなた」
「嫌っ! 嫌だ………ッ!」
ㅤ彼の胸板を強く叩く私の身体を無理矢理抱きしめた裕翔は、何度も何度も震える背中を擦りながら「落ち着いて、大丈夫だよ」と唱えてくれた。

ㅤ本当はそれが嬉しいはずなのに。安心するはずなのに。何もかもがあべこべな私にはそんな彼の優しささえも憎く感じて。
「私………裕翔といると不幸になる気がするの」
ㅤ───そんな事、一ミリも思っていなかった。ただただこの辛さをぶつけたかった。誰かのせいにしたかった。それだけだった。

ㅤ心にも無い言葉。それは裕翔も分かってくれているだろう。きっと「大丈夫」と言って変わらず抱きしめていてくれるだろう。そう信じて疑わなかった。
ㅤだけど────。




「……………あなたは、俺と居るといつも悲しそうな顔をするもんね」
ㅤ頭上から落ちてきたその一言は、あまりにも冷たく哀しいもので。その意味をようやく理解した時にはもう、何もかもが遅かった。
「ごめんね、今までずっと………。本当はあなたの気持ちに薄々気がついてたけど、俺はそれでもあなたから直接拒絶されるまでは一緒にいたかったんだ」
「ゆっ、裕翔…………ッ」
「………悪いけど、ちょっと……一人にしてくれるかな?」
ㅤ私に背中を向け、弱々しく肩をすくめる彼に、何も言い返せなかった。

ㅤ本当は違った。本当は彼に弱音を吐きたかったのだ。吐いて、吐いて、そしてこの底知らず溢れ出してくる淋しさを、彼の優しさと温もりで拭って欲しかった。


ㅤなのに、なぜ…………。
ㅤ私はそれさえ素直に伝える事が出来ないんだろう。


ㅤこれはきっと────彼の愛情がつまらないと駄々をこね、理解不能な理由で彼から離れては、壊れそうになる自身の精神を何とか繋ぎ止めるべく、何事も無かったかのようにまた元へ戻ろうとする私への、天罰なのだろう。きっと。
ㅤラプンツェルのように、気ままに愛されてみたかった。好きな人からも、別の“誰か”からも。

ㅤだけど、私は塔の上どころか塔にすら近付く事が出来ないただの哀れな魔女ビッチにしかなれないようで。

ㅤ私は一人、赤く染まる太陽を背にこれでもか、と言うくらい激しく泣きじゃくった。

プリ小説オーディオドラマ