グレーテルは血の海を目の前に立っていた。
この光景は2回目だっただろうか。
村人は全員、殺した。
グレーテルは兄の首が入った箱をギュッと抱きしめた。
ほんの数分前まで森中に響いた悲鳴も、村人達の死に顔も、
グレーテルの記憶には無い。
存在するのは、愛しい兄様と、自分だけ。
グレーテルは、本を開いた。
本にはさっき殺した村人達のイラストが描かれていた。
しかし、村人の顔はぼやけていてよく分からない。
グレーテルは再び、箱の中の兄に話しかける。
返事は、少女にだけ聴こえていた。
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少女の目には、兄しか見えていない。
兄の目は、狂った少女しか見られない。
少女は虚偽の兄と言葉を交わす。
兄は狂った少女を見つめ返す。
決して交わる事の無い2つの線を捻じ曲げて、少女は
兄を愛している。
狂った少女の物語には『めでたし、めでたし』という
言葉は出てくるのだろうか。
『狂気』
それは、グレーテルを欺く虚偽の愛。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!