マ・セローの個室では、クレインと二人、のんびりと酒を酌み交わすレイラがいた。 ふと、ミレイユの声が したような気がして、静かに超感覚的知覚を研ぎ澄ます
クレインが無言でじっと見つめてくるが、ミレイユに呼ばれた気がした、と話すわけにもいかないレイラ、 黙って酒をあおる
ぎこちない笑顔を向けるクレイン
勘のいいクレインは、きっとレイラは、ミレイユのことを気にかけているのだろうと察していた
レイラの方は、ただ黙って 注《つ》がれる酒を飲み干す作業を続ける
ミレイユとルフィーは、連絡もないまま、まだ戻ってこない
いつものクレインなら、心配し過ぎて、それが怒りに変わったりする頃だ
レイラはクールな表情を貫く
少しの沈黙…
レイラが煙草に火をつけ、窓の外に目をやる
港からは タロアイランドへと向かうフェリーの姿がみえる。
桟橋がキラキラとライトアップされ て、夜の海を華やかに演出していた
やさしくブルーエア〔煙草銘柄〕の薫りが漂う
プリスタインの温帯地域は、ルチカルフルーチェ《煙草》のバレンシア種の栽培に適していて、肉厚で糖含量《とうがんりょう》が高い、甘味を含む豊かな香りのルチカル葉が育つ。
ブルー エアは、芳醇な香りと深い味わいで、レイラが地球で吸っていたゴールドラインに、もっとも類似する銘柄だ
先進星では、あらゆる薬物を デバイスや、ボディパッチで取り入れるのが主流だが、レイラのように、乾燥した葉を刻んで 巻き紙でくるみ燃やして吸うというCタイプの愛好者も少なくない。
ルチカルフルーチェの本来の美味しさを引き出すのは、やはりこのCタイプではないだろうか。俗にカルと呼ばれている
現にルフィーやスキャルバは、レイラやマコトに影響されて、Cタイプを吸うようになった
ミレイユは、いつもそれを臭いというのだ
レイラは何かを思い出しているような様子
クレインは苦笑いしながら、お酒を注《そそ》ぐ
勢いよく流し込む酒豪のレイラ
レイラはそれには答えない
何だか 二人は ムキになって飲んでいるような…
酒ぐせは悪くないクレイン、独り、何かを呟きながら 、いつの間にか眠りにつくのが落ちだ
と言いつつ、 ガンガン飲む
ごちゃごちゃ考えながら、色んな表情をするクレインを、珍しくレイラが まじまじと見つめた
クレインは酒ビンをつまむ
レイラは髪をかきあげて鋭い眼差し
何事も難行苦行《なんぎょう くぎよう》で鍛え上げられていると言いたいようだが、クレインは、それが 腑に落ちないと渋い顔をする
興奮して立ち上がると、頭がグラッとして 固まる、弱っちいクレイン
レイラは椅子を引いて腕を出した
そう言って気丈に振る舞っては みたものの、立ちくらみがする
とっさに レイラの方へ 手を伸ばし、服の裾を そっと掴んだ
レイラは、クレインの細い手首を持って自分の腕に絡めた
長い廊下をゆっくりと歩く
武骨だが、優しいレイラの横顔に釘付けになる
慌てて、下に目を向けた
クレインは顔をあげる
クレインの目からは 自然と涙が溢《こぼ》れた
恥ずかしそうに笑って 目元をぬぐう
レイラは思わず クレインを引き寄せ、抱き締めた
クレインの手を取り 歩きだす
少し意地悪な笑みを浮かべるレイラ
二人の 長い夜は、これから始まる…
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。