血の出ている箇所に冷水をかけると、案の定傷口はひどく染みた。
王がしっかり爪を立てたせいで、引っかき傷とは思えないほど深い傷になっている。
サラは引き出しの救急箱を引っ張り出して手当てを始めた。
消毒液をかけると冷水で洗い流した時の何倍も染みて、思わず顔をしかめる。
薬を塗ってガーゼを当てて、包帯を丁寧に巻いた。
包帯を見て、サラはもう何度目かも分からないため息を着いた。
左の手の平にある先週つけられた浅い引っかき傷はようやく治りかけている。
1度止めたはずの涙がまたこぼれ始めた。
涙はサラの視界をぼやけさせ、座っているベットのシーツを濡らした。
長い時間、サラは声を殺して泣き続けた。
真夜中。
いつものようにドンドンと扉が叩かれた。
その音に気がついて、サラは扉の方へ向かった。
ドアノブに手をかける寸前で、サラは動きを止めた。
"ここでもし、扉を開けず王の命令に背いたら"
と、サラは考えた。
その間も目の前の扉はドンドンと叩かれている。
ここで出なくても、王の命令はまだ聞いていないから背いたことにはならないのかな。
ここで出たら、また引っかかれることは確実だ。
まだシューラには本当のことを話していないから、シューラに迷惑をかけることもない…
そこまで考えてからサラは窓を見た。
外は晴れ。
満月の夜。
月明かりに照らされてとても明るい夜。
その一瞬でサラは窓のそばに駆け寄った。
大きく息を吐いて、両手で窓をガバッと開けて下を見た。
この部屋は最上階だが、窓の近くには同じ位の高さの木がある。
"あれに飛びつけば、この地獄から逃げられるかも"
"死んでしまったらそれでもいい。
ここから脱出できればそれでいい"
サラは1人で大きく頷いて、思いっきり木に向かって飛び出した。
雷の音でサラは飛び起きた。
部屋には雨粒が叩きつける音だけが響いている。
額と首筋には、熱帯夜を思わせるような大量の汗をかいていた。
サラはコップ一杯の水を一気に飲み干して、窓辺へ歩いた。
窓の縁についた右腕が少し痛んで顔を歪める。
窓の外では風が鳴り、大粒の雨が降り、風雨にさらされた木々が踊り狂っている。
サラが夢で見た穏やかな夜とは全く違うものだ。
夢で見た、窓と同じくらいの高さの木も無かった。
サラは目を細めて部屋を見回した。
ふと、壁にかかっている時計が目に入る。
短い針は"8"を指している…
8…
サラは再び窓の外を見た。
分厚い雲で太陽が完全に隠されているため、外は明け方4時ぐらいの明るさだ。
顔を真っ青にしながらサラは忙しなく部屋の中を駆け回った。
服を着替え、髪を結んで勢いよく部屋の扉を開けた。
驚いて後ろを見ると、サラの部屋の近くの壁に寄りかかって立っていた。
サラは手短に話して走り去ろうとすると、シューラはサラの目の前に回り込んで道を塞いだ。
シューラの言葉が理解できず、サラは苦笑いで首を傾げた。
サラは休める嬉しさと、絶対迷惑をかけないと決めていたシューラに助けられてしまったことが混ざってしまい、思わず涙がこぼれた。
シューラはサラの顔を覗き込んで、何かを察したように目を見開いた。
サラは小さく頷き、促されるままに自分の部屋に戻った。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。