第7話

弱い者
59
2018/04/30 07:04
サラとシューラが西国に来てから1ヶ月。
サラは王に振り回される不規則な生活に慣れ始め、シューラは結婚への準備を着々と進めていた。

西猫王
おい!
サラ
はい。西猫王様…
サラが王の前で膝まづき頭を下げると、王はサラに頭からミルクをかけた。
それはつい五分前にサラが届けたホットミルクだった。
西猫王
さっき、サラになんて注文したっけ?
サラ
ホットミルクとサーモンソテー、とご注文なさいました
頭からかけられたミルクは前髪を伝ってサラの目の前にぽとぽとと垂れた。
西猫王
サーモンソテーはこれだろ?
サラ
はい、そちらのお皿に乗っているものです
西猫王
じゃあホットミルクはどこだ?
サラ
さっきお持ちした…
西猫王
あれがホットミルク?
あんなに冷たくてホットミルク?
サラはミルクをきちんと温めて運んだ。
でも王はその事を認めることは無かった。
サラ
お言葉ですが王様…私はお運びした際湯気がたつくらい温めました。
猫王様の猫舌を考慮して少し温めると、今まで3回やり直しをくらったので今回は人間と同じ温度まで温めました。

…それでも温まっていなかったとおっしゃりますか
西猫王
さあ。そんなに温かくなっていたかね?
サラ
王様…!
さすがにサラは顔を上げた。
すると王はサラのもとへ寄ってきた。
西猫王
私に口答えするとは…
ずいぶんお偉い召使いだこと
王の尻尾がサラの輪郭をなぞった。
王が相手を弄んでいるときによくする行動だ。
サラ
口答えだなんて!
とんでもございません
そう言うと、王はニヤリと笑ってサラの右腕に爪をたてた。
サラ
痛っ!
サラの右腕にはマーカーで3本線を引いたような傷がしっかりとついた。
西猫王
ほーら、お前を傷付けた人間より小さい猫様を捕まえてみろよ
サラ
それは…できません
西猫王
だよなぁ?
だって、お前の王様だもんなぁ?
サラは強く下唇を噛んだ。
こんな小さい相手に何も抵抗出来ないことご悔しくてたまらない。
西猫王
分かったな?
お前にとってもこの国にとっても、西猫王様は絶対なんだよ。
ちょっとでも歯向かったら…言うまでもないだろ?
サラ
はい…重々承知しております
西猫王
分かったなら早くホットミルク持ってこい
サラ
はい、失礼します
サラは立ち上がり、一礼をして部屋から出ようとした。
西猫王
おい!
サラ
なんでしょう
西猫王
シューラくんや俺の兄、猫王にこのこと言うんじゃねえぞ
サラ
……
西猫王
言ったら…お前もシューラくんも死刑だぞ
サラ
死刑…
西猫王
そうだ。
ほら、早く行け
サラはまた一礼して部屋を出た。
召使い
サラちゃん?!
部屋の外には、毎日サラのことを心配してくれる先輩召使いがいた。
実は、ホットミルクを人間と同じくらいまで温めたらどうかと言ってくれたのはこの先輩だった。
召使い
こんなに濡れて…
先輩はサラの右腕を掴んだ。
召使い
こんな傷つけられて…!
先輩はサラの目を見た。
召使い
またホットミルクやり直し?
サラ
はい…そうなんです
先輩はそっかそっかと言いながら、ハンカチでサラの頭を拭いた。
召使い
じゃあ、もう1回作ろっか
先輩はサラの手を引いてゆっくり歩き始めた。
サラ
先輩…いつもありがとうございます。
本当に…
召使い
いいのいいの。
王様専属になった召使いは大体酷いパワハラされるからさ
サラ
パワハラ?
召使い
そう。
サラちゃんがされてるのパワハラだよ。それも結構ひどいやつ。
今まで何人もの召使いが限界になって、嘘の理由つけて辞めてった。
でもその中にも何人か、王様を相手取って訴えた人もいたんだけどね…
サラ
王様を訴えた?
先輩は頷いた。
召使い
だけど、ダメだったの。
訴えたところで相手はこの国の王様。
法律は"王様を守るため"のものになってしまっているから、法律すら味方になってくれなかった。
サラ
裁判所は…?
先輩は今度は首を横に振った。
召使い
相手は王様。
裁判官だって裁判長だって、みんな王様の顔色伺ってご機嫌取りしてる。
ここ最近の裁判は、王様が裁判前に判決を決めてるって話も出てる。
サラ
そんなことが許されるなんて…
召使い
本当。
この国は一気におかしくなっちゃったよ…
王様が全ての権力を持っていて国を支配している。
王様は独裁者になったんだ。
サラ
その事、猫王様は知っているんでしょうか?
召使い
知らなかったんじゃないかなー
知ってたら、こんな国にシューラ様を嫁がせないでしょ?
サラ
確かに…
召使い
独裁者の西猫王と、心優しい猫王様が兄弟だなんて信じられないよね
そんなことを話しながらホットミルクを作り直し、先輩とは別れて1人で王のもとに行くことにした。
召使い
1人で平気?
サラ
はい。大丈夫です
召使い
服はまだ臭いなー…
王様、ミルクのにおいがどんだけ強烈か知らないのかしら
サラ
ミルク届けたら洗濯しないと…
召使い
じゃあ、頑張ってね
また覗きに行くから。
手をひらひら振って行ってしまう先輩に、サラは頭を下げた。

顔を上げて、「よし」と心の中で呟いて王の部屋に向かう。
『シューラと猫王に言うな』と言うことは、シューラも猫王も西猫王がパワハラ常習犯の独裁者ということは、やっぱり知らないのだろう。

娘であるライ姫も、独裁者ということは気づいていてもパワハラまでは知らないはずだ。
シューラが王になれば、こんな国を変えてくれるのだろうか。
それとも、西猫王のように全ての権力を持ち国を思うように牛耳るのだろうか。

独裁者になってしまう幼なじみの姿など、サラは見たくないと願った。
サラ
シューなら変えてくれるはず
心の中で言ったつもりが思わず声に出てしまった。
自分でも驚いて周りをキョロキョロするが誰もいない。

サラはほっと胸をなでおろした。
シューラ
なんか呼んだ?
角からシューラが「にゃあ」と小さく鳴いた。
サラ
え、え?!
『周りに誰もいなかったと思ったんだけど』なんて言えず、サラはただただ驚いた。
シューラ
そんな驚いた?
久しぶりにサラ見たよ
サラ
そりゃあ驚くでしょ…
シューラ
それで?
なんで僕の名前呼んだの?
サラ
別に呼んだつもり無かったんだけど…
考え事してたの
シューラは「ふーん」と言って、じっと一点を見た。
"見る"というより"睨む"に近いような鋭い目。
サラ
シュー?どうしたの?
どこ見てるの?
シューラ
それ…
シューラは顎をクイッと動かしてサラの右腕を示した。

そこにはさっき引っ掻かれた傷がある。
血が滲み、さっきよりも生々しい。
シューラ
…引っかき傷でしょ?
サラ
え?!
これは、あの…
シューラ
誰にやられた?
どこの猫だ?
『王様にやられたの。この国、少しおかしいよ』

なんて、正直に言えたならどんなに楽か。

サラは笑顔を作った。
サラ
ううん、なんでもないの。
わたしがドジっちゃっただけだから気にしないで。
シューラ
そうか…
シューラはどこか納得いかなそうな顔でそこから視線を動かした。

『シューにはバレてるんだ』とサラは心で思う。
シューラ
ちょっと痩せた?
サラ
え?そうかな?
シューラ
ちょっと嬉しそうにしないでよ。
僕が知ってるサラはもっと健康的だったんだけど、こんなに痩せちゃって。
働きすぎだよ…
シューラがこんなに気にかけてくれているのに嘘をついている自分にこの上なく腹が立った。

作り笑いをしていないと、シューラの優しさに飛び込んでしまいそうだった。
この場で泣き崩れてしまいそうだった。

でもそうすれば、シューラや猫王様の生活は大きく変わってしまう…。
サラ
大丈夫大丈夫。
働きすぎなくらいがわたしには丁度いいからさ!
シューラこそ、働くのはほどほどにしなよー
じゃあ、またね!
シューラ
え、うん…
これ以上、心配そうなシューラの顔を見たくなくて半ば強引に別れた。


そのままスタスタと王の元へ行き、ミルクを届けた。
とっくに熱々では無くなっているのに、王は文句も言わず飲み干した。

王はただ、サラをいじめたくて何かといちゃもんつけてこき使っているだけなのだ。


一礼して部屋を出た途端、サラの目からとうとう涙がこぼれた。

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