サラとシューラが西国に来てから1ヶ月。
サラは王に振り回される不規則な生活に慣れ始め、シューラは結婚への準備を着々と進めていた。
サラが王の前で膝まづき頭を下げると、王はサラに頭からミルクをかけた。
それはつい五分前にサラが届けたホットミルクだった。
頭からかけられたミルクは前髪を伝ってサラの目の前にぽとぽとと垂れた。
サラはミルクをきちんと温めて運んだ。
でも王はその事を認めることは無かった。
さすがにサラは顔を上げた。
すると王はサラのもとへ寄ってきた。
王の尻尾がサラの輪郭をなぞった。
王が相手を弄んでいるときによくする行動だ。
そう言うと、王はニヤリと笑ってサラの右腕に爪をたてた。
サラの右腕にはマーカーで3本線を引いたような傷がしっかりとついた。
サラは強く下唇を噛んだ。
こんな小さい相手に何も抵抗出来ないことご悔しくてたまらない。
サラは立ち上がり、一礼をして部屋から出ようとした。
サラはまた一礼して部屋を出た。
部屋の外には、毎日サラのことを心配してくれる先輩召使いがいた。
実は、ホットミルクを人間と同じくらいまで温めたらどうかと言ってくれたのはこの先輩だった。
先輩はサラの右腕を掴んだ。
先輩はサラの目を見た。
先輩はそっかそっかと言いながら、ハンカチでサラの頭を拭いた。
先輩はサラの手を引いてゆっくり歩き始めた。
先輩は頷いた。
先輩は今度は首を横に振った。
そんなことを話しながらホットミルクを作り直し、先輩とは別れて1人で王のもとに行くことにした。
手をひらひら振って行ってしまう先輩に、サラは頭を下げた。
顔を上げて、「よし」と心の中で呟いて王の部屋に向かう。
『シューラと猫王に言うな』と言うことは、シューラも猫王も西猫王がパワハラ常習犯の独裁者ということは、やっぱり知らないのだろう。
娘であるライ姫も、独裁者ということは気づいていてもパワハラまでは知らないはずだ。
シューラが王になれば、こんな国を変えてくれるのだろうか。
それとも、西猫王のように全ての権力を持ち国を思うように牛耳るのだろうか。
独裁者になってしまう幼なじみの姿など、サラは見たくないと願った。
心の中で言ったつもりが思わず声に出てしまった。
自分でも驚いて周りをキョロキョロするが誰もいない。
サラはほっと胸をなでおろした。
角からシューラが「にゃあ」と小さく鳴いた。
『周りに誰もいなかったと思ったんだけど』なんて言えず、サラはただただ驚いた。
シューラは「ふーん」と言って、じっと一点を見た。
"見る"というより"睨む"に近いような鋭い目。
シューラは顎をクイッと動かしてサラの右腕を示した。
そこにはさっき引っ掻かれた傷がある。
血が滲み、さっきよりも生々しい。
『王様にやられたの。この国、少しおかしいよ』
なんて、正直に言えたならどんなに楽か。
サラは笑顔を作った。
シューラはどこか納得いかなそうな顔でそこから視線を動かした。
『シューにはバレてるんだ』とサラは心で思う。
シューラがこんなに気にかけてくれているのに嘘をついている自分にこの上なく腹が立った。
作り笑いをしていないと、シューラの優しさに飛び込んでしまいそうだった。
この場で泣き崩れてしまいそうだった。
でもそうすれば、シューラや猫王様の生活は大きく変わってしまう…。
これ以上、心配そうなシューラの顔を見たくなくて半ば強引に別れた。
そのままスタスタと王の元へ行き、ミルクを届けた。
とっくに熱々では無くなっているのに、王は文句も言わず飲み干した。
王はただ、サラをいじめたくて何かといちゃもんつけてこき使っているだけなのだ。
一礼して部屋を出た途端、サラの目からとうとう涙がこぼれた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。