私は、なんてことをしてしまったんだろう。
いくら酷いことを言われたとはいえ、トップアイドルの…しかも彼氏の大切な仲間にビンタをしてしまった。
右手がヒリヒリと痛い。
廊下を走りトイレに駆け込んでから見ると、うっすらと赤くなっていた。
きっとVさんは、これより痛かっただろうな…
この後リハがまだあって、しかも明日は本番なのに。
大変なことをしてしまった。
トイレの個室で1人泣きながら途方に暮れる。
何故、彼はあんなことを言ったんだろう。
何故、私に突っかかってくるんだろう。
何故、いつもあの瞳で私を見るんだろう…。
彼が私に苛立っていることは気付いていた。それなのに、懲りずに姿を現していたのは私。
もうジミンにはっきり言おう。
やっぱり今後顔を出すことはできないと。
でもそうなったら、きっと今日のことを聞かれる。
私の気持ちを掬い取るように理解する彼を誤魔化すことなんて到底できるとは思えない。
だけど、もしVさんに言われたことを伝えればきっとジミンは怒るだろう。
どうすればいいのか、答えは出ない。
一旦落ち着いた私は、Vさんの痕跡が残るように感じる手を洗い静かにトイレを出た。
廊下には彼らの曲が響いていて、スタッフさんの姿も見えない。
きっともうリハーサルが始まったんだ。
私は一人会場を後にする。
暗い気持ちのまま家に着くと、疲れ果ててソファで寝てしまった私。
目を覚ますとジミンから何件もの着信とメッセージが届いていた。
慌てて電話をかけると、ワンコールもせずに出るジミン。
私を気にかけてくれる優しい彼氏。
結局何も伝えることはせず、明日楽しみにしてるねと電話を切った。
大切なステージの前に心を乱すことはできないから。
明日が終わったら、ちゃんと伝えよう。
私はそう心に決めて時計を確認し、慌ててお風呂に入った。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!