第38話

🍎背徳の味
1,495
2021/05/04 11:00
スマホだけ引っ掴んで家を飛び出た私は、とにかく事務所近くまで行こうとタクシーを拾った。


だけど大雨の中道は混んでいて、なかなか前に進まない。

私は焦る気持ちで、まだ距離のある場所でタクシーを降りた。

走りながら向かうと手の中でスマホが震える。
もしかしてとすぐに出ると、そのまさかの相手だった。


あっちから電話したくせに

私が出ると少し驚いたような声。

すぐにでも場所を聞きたいのに、なんだか私の心配ばかりしてる。

ほんと、、不器用なひと。


結局場所は聞けないまま電話が切れて、絶望感に苛まれながらも足は止めなかった。

前に見つけた路地裏の近道を走っていると、ビルの外階段に座り込む黒い影が見えた。

あれは……人…?


そう認識した後すぐに、もしかしてという気持ちが淡い期待となって私の原動力となった。

速度を早めて近付くと、やっぱりーーー



背中を丸めて肩を震わせている。
アイドルがこんな土砂降りに打たれて、、
本当なにやってるの。

見つかったことが何より嬉しくて、私の肩も震えた。

視界が歪む前にそっと近づいて、大きな彼をすっぽりと傘で覆う。
ゆっくりと持ち上げられる顔は、雨の中に浮かぶ花のように美しくて見惚れてしまう。


私を見つめる瞳がいつもより強くて、吸い込まれそうになった。

また一歩、足を踏み込んで彼に近付く。

座り込んでいる彼と同じ視線まで屈んだら、ゆっくりとその綺麗な頬を両手で包んだ。

持ち主のいなくなった傘が雨に濡れた地面に転がる。

冷たくて、震えていて、寂しそうな肌

でも、目から落ちる涙はすごくすごくあたたかかった。

その涙を右手の親指で拭うと、彼のコートに触れていた私の左腕がぐっと前に引かれる。

その瞬間、私たちの唇と唇が確かに触れた。


相変わらずの土砂降りの中、少しだけ離れて視線を絡める。
そのまま自然と目を閉じたら再び重なる唇。
互いに求め合うと、深くて長い口付けが始まった。




息もできないほどのキス
でもその苦しみが何故か心地いい

激しく啄みながら次第に絡まる熱い舌


雨音を聞きながらのそのキスは

甘くて、苦い

背徳の味がした

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