今日は撮影があるから楽屋に直接集合のはず。
昨日原因不明の鬱に襲われた俺は少し遅れて現場に入った。
すぐにメイクとヘアセットが始まる。
メイクさんと少し会話をしてから椅子に座ると、鏡越しに既に準備を済ませたジミナが彼女と話しているのが見えた。
「あ、今何て…?」
メイクさんに聞かれてやっと自分が声に出していたことに気付いた。
ごめん独り言です、と告げてスマホに視線を下げた。
暇だしゲームでも、、って思ったけど、後ろの声がうるさくて耳に障る。
いつの間にかメンバーのほとんどが2人を囲んでいて、余計に盛り上がっていると会話まで聞こえてきた。
珍しくグガまでいる。
あいつが人見知りの壁取り払うなんて相当……
あの子、純粋そうに見えて実は計算高かったりしてね。
後ろから声がかかって鏡の中を見上げると、ホビヒョンがイチゴの箱を持ってにっこり笑ってる。
そのまま、さかさかとヒョンが寄ってくる。
俺の様子を見て察したヒョンは、肩に手を置いてから去って行った。
一人でいたいことに気付いたんだろう。
1番最後の俺のセットが終わり楽屋を出る時、テーブルの上のイチゴが目に入った。
真っ赤に熟れて美味しそうで、箱の中で綺麗に並んでる。
"食べて"と聞こえてきそうなくらい、俺を見てる気がした。
さっきいらないと答えたのは何故だったんだろう。
あの時少しだけ寂しそうな顔をした彼女を見て、不思議と心が揺れた。
そう、邪魔な存在なんだよ
可能な限り他とは関わりたくない。
メンバーとは仕事しているんだからそれ以外はいらない。
勝手に入ってきて荒らしていかないで欲しい。
それが俺の本心だ。
だから断ったはずなのに。
そんな邪魔な存在からの贈り物を。
楽屋を出て廊下を歩き始める。
撮影が始まる直前だけど…
俺は左手に持った赤いイチゴを一粒、ゆっくりと口の中に運んだ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!