後ろから声をかけると驚いたように振り返った。
その表情は初めて見た時と同じような、柔らかくて純朴な顔。
気まずそうに挨拶をされて余計に頭にきた。
腕を掴んで階段脇の陰に連れ込む。
俺の言葉を聞いて再び頬を赤く染めた。
頬どころじゃない、みるみるうちに顔全体が赤くなって恥ずかしそうに下を向く。
それを見て、俺の中のドス黒い感情がふつふつと湧き上がってきた。
そんな純粋ぶるな。
どうせ俺が知ってる大勢の女の子達と同じように、全て計算高くやってるくせに。
必死になって目線を合わせてくる彼女。
笑いながら言うと、ほらまた赤くなって目線を逸らす。
誰だっていいんだろ、俺たちみたいな男なら。
ここまで言うと何故か彼女の顔が少し曇った。
眉間に皺を寄せてこちらを見上げている。
普通なら、ここで女の子はあの甘ったるい声を出して誘ってくると思うんだけど。
彼女の頭上に位置する場所に手を突いて、無理やり壁側に追い込んだ。
顔を近づけてそう言った途端、俺の左顔面にピリピリとした痛みが走った。
目の前の彼女がぼろぼろと涙を溢しながら俺を睨んでいる。
胸の前で右手をぎゅっと握りしめていた。
そこで初めて、平手打ちを喰らったことに気付く。
怒ったような、怯えたような
そんな顔をした彼女はそのまま廊下に出て走って行った。
俺はその姿を目に映すこともできず、楽屋へと戻っていく。
メイクさんにドアにぶつかったと伝えて、左頬を冷やしてもらった。
椅子に全体重を預けるようにだらんと座り、氷水を顔に当てながら上を向いて考える。
今、何が起きてるんだろうかと。
さっきの彼女の顔が目に焼き付いて離れない。
涙をいっぱいためて、それを溢しながら俺を睨みつけるあの表情が。
左の頬よりも、心の方がヒリヒリと痛い。
氷で冷やしたかったのは顔じゃなくて、馬鹿な俺の頭。
俺は何をやってしまったんだろう
手の甲を額に乗せたら、俺の目尻からも何故か涙が溢れた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。