第9話

#9
338
2018/03/05 14:26
次の日、また例の桜が街中の話題をさらっていきました。
急にあれほどの花を咲かせた桜が、一夜にして枯れてしまったのです。


僕は、合格発表を見た帰りに学校へ行ってみました。
薫さんに会えないことはわかっていたけれど、無事合格した、サクラサクが現実となったことを伝えたかったのです。

もう桜の木は切られてしまうようで、業者がやって来ていました。

できるだけ近くから僕が眺めていても、もうあの声は全く聞こえません。

本当に、死んでいるようでした。


「君、ここの卒業生かい?」

悲しみで胸がいっぱいになっていた僕に、業者のおじさんが声をかけてきました。
僕は人と話すのが得意ではないので、黙って頷くことしか出来ませんでした。

「そうかい。この桜、凄かったよなあ。
なんだか今はやりきったって顔してるよな」

大人が、植物を人間のように扱うのを始めて見た気がしました。

「この桜はきっと命尽きる前に最後の使命を果たせたんだな」

おじさんの顔は自分の子供を見るかのように誇らしげでした。

「はい、最後に最高のプレゼントをくれました」

思わず声に出たその言葉におじさんは優しい眼差しを僕にも投げかけてくれました。

持っていた手提げ鞄から、僕はある本を取り出しました。
『水彩画で見る街中の植物』
その本のあるページを開きました。

桜のページ。
水彩で描かれた桜の木のイラストの隅には小さく、この中学校の名前と校門横にてという文字が書いてありました。
そのページに挟んだ、桜の押し花の栞をおじさんは指さして言いました。

「それが“彼女”からのプレゼントかい?」

「このページ、僕の夢、そしてこれも、どれも彼女からの最高のプレゼントで思い出です」

栞を手にして思い出す。
昨夜、忘れないと言った僕への本当に最後のプレゼント。
手のひらに乗った桜の花。


「僕、もう行きますね。彼女のこと、よろしくお願いします」

「おう、任しときな」


世界には、植物たちがいて、僕と同じような人もいる。
この世界は、たぶん、僕には理解できないほど広く、案外素晴らしいものなのだろう。


そうだ。次に会った人には、彼女と同じめいいっぱいの笑顔で挨拶してみよう。
多分それは、僕が思っているよりもずっと怖くないことで、でもとても大きな成長の1歩だから。




「こんにちは。いい天気ですね。」

プリ小説オーディオドラマ