第27話

黄色い小さな花
1,301
2020/04/06 12:06




___あの子に会うための空間は、いつも花の香りが漂っていた。

花の甘い香りを楽しみながら、月の下で彼女と彼女が弾く三味線の音を聴くのが当時の俺の人生唯一の楽しみだった。

月明かりが透き通るような綺麗な肌を白く照らしている。
初めて出会った時も、彼女は暗闇の中で白く輝いていた。

そんな月のような美しさを持つ彼女に惚れるのは、俺が自ら命を絶つ事より簡単だった。


*

「あなたちゃん!」

「善逸くん」


いつもの逢瀬はこの会話から始まる。

女の子を待たせるのは忍びないが、月の光を花と共に浴びながら俺を待っている彼女の幻想的な姿を見ていたくて、いつも俺が後に来ていた。

「今日も聴かせてよ、あなたちゃんの三味線。」

「もう、また?…しょうがないなぁ」

そう少し強請れば、彼女は恥ずかしそうに、でも満更でも無さそうに三味線の糸巻きに手を掛ける。

その可愛らしい姿がとてつもなく俺を幸せな心で満たす。


*

「今日は雨か…」

雨の日は、あの約束の場所には行かれない。
傘をさしながら三味線は弾けない。

花も食事中なので邪魔するのも野暮だから、とかいう少し洒落た理由で、雨の日は会わない決まりになっていた。

でもあなたちゃんに会いたい。働いて溜まりに溜まった疲れをあの綺麗な三味線で一瞬で吹き飛ばしてくれたら。


「そうだ、あなたちゃんに会いに行けばいいじゃん。」

同じ奉行所で働いているんだ。
俺の耳を使えばあなたちゃんがどこにいるかもわかるだろう。


早速試してみると、思ったより早く見つかった。
先程仕事を終わらせてきたのだろうか、顔に着いた汗を羽織の袖で拭いながら廊下を歩いていた。

「あなたちゃ…」


呼びかけたその声を口で抑える。

俺が呼び止めるより先に誰かがあなたちゃんを呼びかけた。

あなたちゃんが笑顔でその声の方へ振り向く。


なんだ、あの笑顔。

俺にあんな笑顔を見せた事なんて無かったのに。


綺麗な彼女の隣に並ぶ綺麗な顔立ちの男。
綺麗な着物を着ている辺り奉行所の偉い人なんだろうと想像が着く。

こんなの、こんなの。

俺が叶う相手ではないじゃないか。

声を飲み込みうっと嘔吐えづいた後に、そっと口から手を離す。



ふわ、と何処か嗅いだことのある匂いがして思考が停止する。


手のひらには、黄色い小さな花がまばらに広がっていた。

*

我妻善逸 *過去


*

すみません、本誌ショックで筆が止まっていました。


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