周りには、頭痛を訴える者が沢山いた。
全員の体調が優れなさそうで、私も例外ではなかった。
ズキズキと痛んで、起床時からずっとこの調子だ。
なんでこんなに頭が痛いのかな……エンケファリンを少し飲んでもずっとこうだった。
昨日起きたことなのか、夢で起きたことか知らないけど……
曖昧な記憶だけがモヤモヤと残る。
痛みとは違った傷み。
何かが酷く傷んで、心を侵食するかのような。
そんな中で大きな影を見た時に、誰かに呼ばれた気がした。
そこで夢は覚めた。
他にも見たような気がするけど、思い出せない。
なにもかもが中途半端に脳に刻まれている。
''いつもの場所'' に着いたところで、''いつもの3人'' と合う。
いつものような明るさはなく、他と同様に気分が悪そうだった。
左肩を押さえて、横にいたアシェルとロバートに訴えるように言う。
アシェルもロバートも、しかめっ面でいた。
不機嫌そうに呟くロバートに、目を伏せたままのアシェル。
キティが自身の左肩を押さえながら。私に言ってくる。
そこでキティがキョトンとする。
二日目……? いや、そんなはずがない。
たしかに三日目とはずだ、だって…………
おかしいな、たしかに三日目……だって、ほら……
……おかしいな、上手く昨日のことが思い出せない。
もしかしたら、夢の中だったのか……?
いや、でも…………
……キティの言う通りなのかもしれない、
ここの日数を確認できるもとがない以上、私の勘違いなのかもしれない。
たしかに、ここ数日間は慣れないアブノーマリティの作業で、
疲労がかなり溜まっていた、そのせいで嫌な夢を見たんだ、きっと。
ロバートが食堂に顔を向けると、キティが唇を尖らせる。
それもそうだな……温かい物でも食べれば、頭痛が治るかもしれない。
それに皆んなが頭が痛いのなら、他の人もそう考えるはずだ。
早めに行かないと、温かい物が売り切れてしまう。
指摘したロバートに、キティと向かう。
アシェルが気まずそうにそう言い、首を傾げる。
頭痛が酷いのかな……私が心配そうにしていると、
キティが「早く〜!」と急かしたため、アシェルに一言告げてその場を去った。
アシェルの表情は、さっき会った時からずっと苦痛で歪んでいた。
人通りの少ない廊下で、壁にもたれ掛かる。
頭がズキズキと痛い、今にもぱっくりと二つに割れそうだ。
それに酷く気持ちが悪い。
──アルマたちは、あの惨劇を覚えていないのか?
不気味に笑みを浮かべて互いに斬りつけ合い、
絶望した顔で発狂したり首をへし折ったり。
''昨日'' 見た、血に汚れた光景と断末魔が、脳と耳に再生される。
いや──恐らく、'記憶が無くなるというよりかは……
…… ''時間が巻き戻されてる'' んだろうな。
──以前もらったエンケファリンには手を付けず、しまっている。
ただ昨日はよくよく観察してみようと、引き戸から出してそのままにしていたはず。
……なのに、出しっぱなしにしておいたはずのエンケファリンは、
今朝確認して、ちゃんと引き戸にしまわれていた。
昨日したはずのことも、全て ''リセット'' されている。
地獄絵図が、記憶から引き剥がせない。
''内臓や死体自体は見慣れた'' が、実際に目の前でやられる所は、
いつまで経っても見慣れないものだ。気分が悪くなって、目を瞑る。
誰かに見られたら困るが、今は少しでも安息を取らないと戻しそうだ……
はあ……少し落ち着いてき──
目の前に、逆さになった人の顔が出る。
ギョッとして壁に張り付いてしまう、声を掛けてきた人を、
クスッと笑って「よっ」と身軽に飛び降りてくる。
て、天井の障害物に捕まって逆さに……?
どんだけ身体能力が高いんだ、この人…………
その人はこちらを向くなり、黙ってじっと見つめてくる。
な、なんだ……というか、この人ってたしか、
''リセットしたはずの昨夜'' にアルマ達と一緒に食事をとっていたような……
たしか、''ライフ'' さんと言っていたような……?
すると、ライフさんは首を傾げて、ニヤッと笑う。
ハイテンションに話しかけてくるその人に、
なんと返せばいいのかまごついてしまう。
ズイズイと聞いてくるライフさん。
完全に追い詰められた俺は、一つの不味いことに気づいた。
待てよ……もし仮にこのリセットが、気づかれてはいけないものだとしたら、
ライフさんがスパイで、職員が記憶を持っているか確かめようと……?
いや、でもそれにエンケファリンの何が関係あるんだ……?
嘘をつくのは罪悪感が伴うが、もう慣れっこだ。
とりあえずその場しのぎで、唾を飲んで恐る恐る口を開く。
しまった、たしかにエンケファリンは粉状だった。
''何かの手掛かり'' のために重宝していたのがいけなかった。
溶かしてみるべきだった……と後悔していると、ライフさんが腕を組む。
ライフさんの発言の違和感を感じ、指摘してみる。
ライフさんが黙ったままでいると、少ししてニカッと歯を覗かす。
そして俺のおでこに人差し指を当てて、顔を近づけて言う。
俺が目を見開くと、顔は遠ざけたものの、
人差し指はおでこに当てたままだった。
今すぐにでもここを去りたかったが、何故か体が動かない。
──俺は、ある事を脳に浮かべる。
もしかしたら、このライフさんって人も、
''あの人'' に配属された人なのか……
いや、そうであってほしい。
この人の性格上とても信用し難いが、あれを確認すればいいだけ。
頼む、そうであってくれと、心の中で願う。
もしこれで違かったら、最悪の場合密告されるかもしれない。
だとしたら身が危うい。
しかし、ライフさんは「んー」と表情を変えなかった。
俺がふいと目を逸らすと、やっとライフさんがおでこから指を離してくれる。
自身のおでこをさすると、ライフさんは腕を組み直して静かに喋り出す。
少し目線を下げて、呟くように言う。
ふっと口角を上げて笑うライフさん。
……敵ではないが、味方というわけでも無さそうだ。
お互い様子見と言ったところか。
張り付いていた壁から離れ、ぴんと立ち上がる。
俺が赤面して目を丸くすると、
ケラケラと愉快そうに笑うライフさん。
目線を下げて、眉を顰める。
肩を一瞬上げて、その場を去るように一歩後退りする。
俺の素っ気ない返事に、ライフさんが鼻で笑って、
そのまま一言も言わずにその場を去ってしまった。
一気に疲れが出て、その場にしゃがみ込む。
あの人と相手をしていると酷く疲れる…………
──どいしても、アルマの性格に笑顔を、重ねてしまう。
不安を感じて、小さい手でギュッと服の裾を握る。
俯いた俺に、ふっとその人は笑って頭にポンと手を乗せる。
俺より一回り大きな手で、目尻を下げて微笑みかけてくれる。
聞き慣れた、優しくて、かつ頼りになるような、
そんな声で優しく問いかけてくれる。
小さい返事をすると、ふっと笑って、
しゃがみ込んだ姿勢をやめて、立ち上がる。
遠くの方から、母さんの呼ぶ声が聞こえる。
アタッシュケースをギュッと握って、
顔はこちらに向けたまま、背を向けてくる。
──あの眩しい笑顔が、嫌に脳にこびり付いて離れない。
俺が優柔不断なのは、全部、あの笑顔のせい……おかげだ。
作者です。
号泣しながらこの話を書いてました、どうしてくれるんですかプロムン!!(?????????????)
このチャプターはだいぶ過去に影響するので、覚えておいてください。
アルマ……オメェ達覚えてねぇのか……😭😭😭😭
私も未だにリセット機能の正式名称を覚えられません。
TTってあれしか出てこないんですよ。(やべ世代バレる)
だいぶアシェルの雲行きが怪しくなっていきましたね。
ふふふふ……ライフのモルモットがアシェルですか。美味しいねぇ。
てか年上だから敬語だったのに、ライフのことがわかった瞬間、
敬語外してせめてもの情けで「さん」付けするの良くないですか!!!????((((((((((((((
とりあえずこの調子じゃおわらねぇので
頑張ってサクサク続けます。リセットはほどほどに。
あと挿し絵は描けそうな場面が無かった(※山盛り)だったので付けてません。
ごめんなさい次こそちゃんと書きます//////////////////////////////////////
それでは。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。