第5話

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2021/02/20 00:12
ーーーハヌルsideーーー

したくもない喧嘩を今日もする。

自分の生まれた境遇を怨んではいない…と言ったら嘘かもしれない。

でも、怨むのをやめた。

物心着いた時には九龍村スラムの住人だった。

父も母も気づいたら居なくなっていて、

僕は、自分の事で精一杯の九龍村スラムの人達が育ててくれた。

だから、僕は九龍村スラムを守る。

富裕層が暮らすエリアとスラムが同じ区に存在してるなんて、皮肉にも程がある。

立ち退きが激化して、毎日のように来るチンピラ達を追い払ってる生活をもう4年近く続けてる。

かたわら、九龍村スラムの収入源である、
練炭業と、ゴミ産廃、農作業を手伝う。


そんなある日、奇妙な男とであったんだ。

いつもの通り、立ち退きの連中とやりあってると、

『何してるんだよ!
 死んじゃうよ!』

ここいらに住んでる奴らは、
巻き込まれたくないから、見て見ぬ振りをするが、
ラフな格好をしているがとても小綺麗な男は止めにはいる。

案の定、奴らは、そいつに向かっていった。
小綺麗な男が自分から関わってきたのは、
僕には関係ないが、でも、僕のせいで、
巻き込まれたのは気分が悪いから、
僕はその小綺麗な男の手を取って、走って逃げた。
大勢との喧嘩に全力で走った体は疲れきっていた。

コンビニの前で、座り込む薄汚れ血まみれの僕と
小綺麗で身なりの良い男は、
同じようにパーカーを着ているが、
まるでこの街を象徴するかのように、
滑稽な程、身分の違いを思わせた。


テヒョン
テヒョン
ちょっと待ってて…
そう言ってコンビニに入って行く身なりの良い男と居るのは、
自分を卑屈にさせる気がして、耐えられなくなり、
僕はその場を後にした。
次の日も、朝から、練炭業とゴミ産廃の仕事、
農業の手伝いをして、また、送り込まれた、
立ち退きの連中を相手にしたが、人数が増えていた。

僕1人相手に、良くもこんな人数を集めたもんだ。

さすがの僕も、太刀打ち出来なかったんだ。

僕が最後に見たのは、路地裏のビルの隙間から見える、
星の無い曇った夜空だった。
次に気づいたのは、顔を何かに舐められた感覚で、
目を開けると、見慣れない男が。

テヒョンと言うらしいその男は、

心配そうに伺う顔、
思い付いた時の目をくりくりにする顔、
眉毛を下げた困った顔、
時折見せる優しそうな顔。
冷酷にも見えてしまう程とても整った顔立ちをしているが、くるくると変える表情が忙しそうだ。

僕とは違う世界の住人なのは一目瞭然だったが、
悪い奴じゃないのはわかる。

どうして喧嘩してるのか聞かれて、
何を聞かれても、この真っ直ぐで純粋な人に、
話せることなど、理解してもらえることなど、
何一つ無い僕は、

自分の人生を怨んではないが、
この男といると、嫌でも現実を突きつけられてる気がして、早く自分の居るべき所に帰りたくなった。

立ち上がると、思ってた以上に体にダメージがあったことに気づく。

ふらつく体をテヒョンに支えられたが、振り払った。

嫌だったわけではない。

身なりだけじゃない、顔だけじゃない、
心まで綺麗なテヒョンと言う男を、
自分のせいで汚してしまうのが嫌だった。

すると、テヒョンはそんな僕の気持ちを知ってか知らずか、
テヒョン
テヒョン
とにかく今日は休んでって?
好きなだけ居ればいいし、
好きな時帰れば良いよ。

野良猫さん…おやすみ…
低音で心地良い優しい声でおやすみと言われ
くすぐったくて、僕は布団の中に潜り込んだ。

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