私は今日は練習生としてではなく、マネージャーに扮して撮影に同行させてもらっていた。
カムバックの前撮りで、番組での撮影を終えた後、いつもよりみんな疲れているようだった。
いつもわちゃわちゃしているメンバーなのに、
帰りの車に乗り込む時、とても静かだった。
ベタで撮影に着いていたわけではなく、楽屋で雑務を行っていたのもあり、撮影には付きっきりでは無かった。
もしかして、撮影中に何かあったのかな…
うまくいかなくて、ちょっと喧嘩モードとか??
こういう時が私の出番だよね!!
場の空気を変えるにはメンバーじゃない外部の人間が1番だと思う!
いつもよりも意識して明るい声を出す。
食べ物の話はみんなを和やかにするはずだ。
これは…
まずい…
食欲が無いだなんて、ちょっと喧嘩モードどころの騒ぎじゃないかもしれない。
いや!!でもチャンビンなら食べ物に食いつくはず!!
隣に座るチャンビンに声をかけたら、
私の肩にもたれかかってきた。
今乗っているクルマの1番後ろの席に3人がけで座っている。
ちなみにチャンビンが右側に、スンミンが左側に座っている。
両手に花だと思います?
違うんですよ。私の座っている席は、足を置く所が出っぱっているので、座りずらいのです。
わざと、座り心地の悪い所に、居候させていただいている私が座っているわけです。
肩にもたれ、上目遣いでそう言ってきたチャンビンはそのまま目を閉じて、眠りの体勢に入った。
ヤバイ…もしかしてバンチャンとチャンビンが喧嘩したのだろうか…
ご飯の話でチャンビンが盛り上がらないだなんて。
どうしよう…これはもう私がなんとかしようと出しゃばらず、そっと見守っていた方がいいのでは…
スンミンも私の肩にもたれ目を閉じた!
嘘でしょ!?
スンミンはものすごく紳士で私に触れるなんて事しないのに。
一体どうしちゃったのだろう…
帰りの車は静まりかえっている。
聞こえるのは車のエンジンの音だけ…
返事が無い。
何でも話を返してくれるフィリックスですら反応が無い…。
みんな大丈夫だろうか…
これからカムバックが始まって忙しくなるというのに、こんなに仲が悪くなってしまって…。
少しでも早く仲直りできるように、今日のご飯は軽めでも美味しい物を作ってあげたい。
みんなが笑顔になるように。
夕飯のメニューを何にしようかと考えていると、
なんだか車の中が蒸し暑くなってきた。
まだ3月で肌寒いはずなのに。
暑いなぁ…
チャンビンとスンミンにもたれられているからかな。
ちらっと肩で寝ているチャンビンの顔を見ると薄らおでこに汗をかいていた。
隣のスンミンは少し震えていた。
チャンビンもスンミンの身体もすごく熱かった。
息も荒い。
夢でうなされているというわけじゃない!!
おでこを触ると
すごく熱かった。
スンミンのおでこも触る。
やはり熱い!!!
アイエンが、か細い声で運転してくれているマネージャーさんに声をかけた。
キーーーーっと車が近くのコンビニの駐車場に止まった。
バタンとドアを開け、車から降りるアイエン。
車の外でアイエンが具合の悪そうにしている。
韓国の車の運転は確かに荒い。
みんな歩くのも早いくらい、セカセカしている。
韓国に来たばかりの時は、私も車に酔っていたけれど、
韓国人のメンバー達は、慣れた様子で酔った所なんて見た事がなかった。
それなのにアイエンが車に酔っている。
まさか…
えっ!?運転していたマネージャーのキムさんが振り向く。
前方から振り返るとメンバー全員の顔が見渡せるので、様子の変化に気がついたようだった。
全員がチャンビンやスンミンのように
熱をおびている。
急いで会社に電話するよう言われ、
キムさんは近くの病院を検索した。
…
…
…
全員陽性。
病院での抗体検査ですぐに陽性と判断された。
これからカムバックが始まるのに…。
何よりも辛いのはメンバー達だ。
10日間の隔離生活が余儀なくされる。
そして私は、会社の中で唯一メンバーの側にいられる。
マネージャー達が濃厚接触者になってしまわないよう、メンバーの看病は私がする事になった。
みんな食欲が無いというので、今日はお粥を作る事にした。
各メンバーの部屋に準備する。
次はリノの部屋に向かった。
リノはベッドで横になっている。
目を薄ら開け、ぼーっと私を見ている。
いつもの力強さは無く、儚げな様子なのが心配で、リノのベッドのすぐ横に立ち覗き込む。
そう言って手を伸ばすリノ。
もう少しだけ屈んでみると、リノの腕が私に絡みつく。
そのまま引き寄せられ、リノの胸に伏せる形でギュッと抱きしめられた。
でも、いつもより力が無いように感じる。
体温は熱く、熱が高いのが肌から伝わる。
抱きしめられながら問いかけた。
そう言うけれど、いつもよりも強引さが無い。
リノの熱が少しでも下がるように、冷えピタをおでこに貼ってあげて、部屋を出た。
次はスンミンの所へ行った。
言葉を話すのも辛そうだ!
寝かせたまま体温を計る。
平熱ならすぐに ピピッと鳴るのに
なかなか計り終わらない…
ピピピッ ピピピッ
ようやく計り終わり、体温計を見ると
39度だった。
意識が朦朧としているようだった。
荒い呼吸で、ぐったりしている。
どうしよう…薬飲ませないと。
起き上がれそうにないスンミンに、寝たまま薬を飲ませる事にした。
頭を少し支えて、お水の入ったコップを口にもっていく。
ポタポタ…
上手く飲み込んでくれない。
解熱剤飲ませないと、熱が高すぎる!
私が思いついた方法は…
しちゃいけないことだった。
絶対にしちゃいけない事なんだけど!
そんな事言ってる場合じゃない!
スンミンの口に解熱剤を入れ、
自分の口に水を含み、唇を重ねてそっと流し込む。
スンミンから言葉は何も無く…荒い呼吸だけが聞こえた。
大丈夫。きっと記憶になんてないはず。
人命救助だ!こうするしかなかったんだ!
これ以上熱があがって、後遺症が残る方が危険だ!
そう自分に言い聞かせ、スンミンの部屋を後にした…
廊下ですれ違ったヒョンジンに声をかけられる。
スンミンにした事ですっかり気分が動揺してしまっていた。
ヒョンジンが私のおでこに手を当てて計る。
ヒョンジンは人の心に気がつくのが鋭い。
目を見ていると、私の心の中が筒抜けなんじゃないかと思ってしまい焦る。
ヒョンジンは自分の部屋に戻って行った。
次は車で具合の悪そうだったアイエンの部屋に行く事にした。
アイエンの部屋に入るとパソコンでドラマを見てくつろいでいた。
ニコニコ笑うアイエンを見てホッとした。
車を途中で降りたのだもの…
相当具合が悪いと思ったのだ。
本当に体調はすっかり良くなったようで、
食欲もしっかりありそうだった。
同じ部屋で寝ているフィリックスの様子を見に行くと、汗ビッショリのフィリクスが息を荒げていた。
スンミンの時とは違い、辛そうではあるが意識がある。
ニコッと苦しながらも笑顔を見せてくれた。
フィリックスを支えてゆっくり身体を起こす。
身体が大分熱い。
水よりもスポーツドリンクの方が良さそうだったので、ペットボトルを渡す。
言葉はないけれど、笑顔を浮かべて頷くフィリックス。
いつもの力も無いようで、蓋は私が開け、座るフィリックスを後ろから支える。
着ていたパジャマが大分汗で湿っていた。
勢いよくペットボトルを半分飲み干して、私に戻す。
力無く微笑む。
またそのまま横たわろうとするので、
もう一度寝る前に着替えを提案した。
コクッと頷き、フィリックスがパジャマを脱いでいる間に、着替えを取りに行く。
確か色違いのパジャマがあったはずだ。
1番下の引き出しを開けると、今着ている水色の猫柄パジャマと同じ柄でピンクのものがきちんと畳んで入れてあった。
このパジャマ…以前私が借りた物だ。
手渡そうとしたが、まだパジャマが脱げていない。
熱で思うように動けず、パジャマのボタンが外せないようだった。
熱で動けないんだから、私がするしかないっ
パジャマの上のボタンを外していく。
チラっと上を向くと、熱で頬の色が染まったフィリックスと目が合う。
照れているのか、熱のせいなのかわからないが
なんとも言えない、艶っぽい表情をしていて
慌てて目を逸らした。
男性だけれども前から素肌を見るわけにはいかず、ボタンを全部外したら後ろに回った。
背中ごしにパジャマを脱がし、綺麗な背中が露わになる。
思わず赤面してしまいそうになったが
これは看病なんだ!ナースの皆さんなら普通にしている事だ!!と自分に言い聞かせ
パパパッと手際よく背中を拭いていく。
フィリックスの漏れた声に、鼓動が跳ねた。
前も汗をかいているので、拭いてあげたいが
どうしても見れず、背中側から抱きつくように前に手を回してささっと拭いた。
ピンクのパジャマを羽織らせ、腕を通す。
もうこれで一先ずは肌の露出は減ったので
前側に周りボタンを手際よくとめた。
まだ終わっていないかのような表情で、でも言いづらそうにこちらを見上げた。
下?下?下!?!?!?
ズボン脱がして…
え???し…下着も!?!?
え!?それダメじゃない!?!?
見えちゃいますよねぇ!!!!
焦ってとりあえずズボンだけでも脱がそうと足元にしゃがんでみる。
と、パニック状態になった私に声がかかる。
熱でまともな判断ができないようだった。
恥ずかしすぎて、そそくさと部屋から出て行った。
もう!!ドキドキしている場合じゃない!!
私はメンバーの皆さんの体調を管理しているんだ!!
具合が悪いならお世話をするから当然だ!!
気持ちを切り替えるんだー!!
勢いよくバンチャンとハンの居る部屋を開けた。
ばーーーーんっ
病人相手と言うのに、大声で声かけてしまった。
しーーーーーーん
部屋は静まりかえっている。
どうやら2人は深く眠っているようだった。
いや…スンミンみたいに意識が朦朧としているのかもしれない。
ちゃんと近くに行って様子を見よう。
バンチャンの眠っているベッドに近づく。
返事が無い。
おでこに手を当てて体温を確認する。
そんなに熱くない。
また意識が無い状態だったらと心配したので
ほっとした。
でも体温は把握しておかなければ。
そっと布団を捲ると…
バンチャンは素肌のまま寝ているようだった。
Tシャツを着ないで寝る事はよくあるみたいなので、バンチャンの上半身には免疫はあるものの
こんな間近で見るのにはやはり抵抗がある。
肌が見えないように、腕だけ出そうとしたその時、
バンチャンが壁に向かっておもいっきり寝返りをうった。
バンチャンが掛け布団を巻き込み寝返った為
背面全部が見えるような状態に。
背中だけならいいんです。
想定の範囲内なので。
Tシャツ着てないってわかっていたので、
鍛え上げられたムキムキの背中が見えるのは予測できていました。
でも違うんです。
はい…その!!!!
すっぽんぽーーーーーん!!!!!!
なななななななんで全裸で寝ているの!?!?!?
ズボンも、パ、パ、パンツまでもなんで脱いでいるの!!!!!!
プリンとしたお尻が丸出しなんですけれどぉぉぉぉぉぉぉぉ
ちょっとこれ以上私にはどうすることもできないですね!!!!!
もう一度そっとおでこをさわり…
大事な所が見えてしまっては大変だと、クルッと回れ右をしてハンが寝ているベッドへ向かった。
ハンはちゃんと服を着ている。
良かった…
布団から上半身が見えているがちゃんと服を着ている。
それだけで安堵の溜息が出てしまった。
バンチャンにしたように、まずはおでこに手を当てる。
バンチャンに触れた時は熱いと感じなかったが、
ハンは熱が高いようで大分熱い。
体温計で計ってみよう。
ガバっ!!!!!!!
ハンが突然上半身をゾンビのように起こした!!
ハンが上半身起き上がったまま硬直している。
ガバっ!!!!!!!
覗き込んだ私を、思いっきり抱きしめるハン
何も言わず、力強く抱きしめてくる。
ぐすっ…ぐすっ…
鼻をすするような音…
泣いてる?
子供をあやすように、ハンの背中をさする。
ゆっくりと身体が離れた
よほど身体がしんどかったのだろう。
安心させられるよう、優しく声をかけた。
うるうるした瞳で、本当に怯えたような表情をするものだから、
ハンをそっと抱きしめた。
私の腕の中で すんすん泣いているハンが可愛かった。
いつもあんなにカッコよく歌い上げる人なのに、
悪夢を見て、ナイーブになるだなんて。
繊細な心を持っているから、あんなに素敵な音色で心を込めて歌えるのかもしれない。
バサっ
ハンが私ごと布団をかけて包まる。
私はハンの腕の中だ。
そんな可愛く言うんですか!?
バラエティ番組で愛嬌をする時のように
なんて可愛い顔をするのだろう。
可愛いさに負けてしまった。
私を優しく抱きしめて目を瞑るハン
心から安心した表情をして…
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『MANIAC 前のお話』お読みいただきありがとうございます。
カムバック直前でメンバーが感染してしまって本当心配しました。
この小説はフィクションですので!!
実際は全員感染されておりませんので!!
皆さん元気に回復して良かったです。
今回はその時期に書き始めたのに、仕事が忙しくなっちゃって1ヶ月も書き上げるのにかかってしまいました。あーあーあー
久しぶりの更新でしたがお読みいただき本当にありがとうございます。
皆様も、体調にはお気をつけて元気にお過ごし下さいませ★
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。