みんなが女の子の元に走っていくなか、私は突っ立ってただ見ているだけだった。
クリアだった音も徐々に濁っていって、背中につーっと汗が伝っていくのがわかる。
無意識のうちに私の目がその子にフォーカスして、周りがぼやけていく。
濁った音の中でうざったく騒ぎ立てる心臓。
彼女が私に気がつくと、周りを振りほどいて私の元に歩いてきた。
その後の会話も濁ったまんまで頭に入ってこない、右耳を通って左耳が出ていくかんじ。
透き通ったチャーミングな声と逆にクールな印象の彼女。でも笑顔が素敵で…
私はそんなフィインに、一目で恋に落ちた。
時が止まってスローモーションかのように再生される世界から解き放たれ、ふと我に返り恥ずかしさに慌てふためく。
私の腕を掴みグイッと自分に引き寄せると、ジョイは耳打ちをしてきた。
タイミング悪く私たちの元に割り込んでくるフィイン。
するとジョイは意味深な眼差しで私に微笑みかけると、ぽんと肩を叩いてみんなの元に行ってしまった…
あぁ…気まずい……。
慌てる私を深呼吸3回飲み込んで落ち着かせ、フィインに意識を集中する。
そんな私なんてお構いなしにお酒を頼む。相当鈍感なのか、慣れてるのかな…
たぶんそうだ。可愛いもん、モテるんだろうなきっと。
慣れたようにおすすめのお酒を注文してくれた。
そういえば、みんな私をちゃん付けで呼ぶのにフィインは呼び捨てで呼ぶ。
あまりちゃん付けをするようなキャラじゃないのかな?クールだしな。
さん付けよりは親しみやすいし、彼女なりの配慮なんだろうけど…
でもそれが返って私の心臓を困らせる…
店員さんが2人の前にお酒を置く。
甘めのカクテルなだけあって、まろやかな口当たりでまるでコーヒー牛乳のような味わい。
へぇ〜世の中にはこんなお酒も存在するのか。
飲みやすいし、美味しくて好きかも。
テーブルにぽんと置いてあった焼酎をクイッと一口飲んで、頬杖つくと上目遣いでニヤッと笑うフィイン。
無意識に出た言葉なんだろうけど、その言動一つ一つが私の心臓をドキッとさせる。
まだ何も知らない目の前の相手のこと、本気になりそうで怖い…
言われるがまま、そのまま大きなジョッキを一杯空にさせるとまた違うカクテルを頼んでくれた。
そう言ってフィインは私の手にさっきの焼酎を持たせる。
嗅ぎ慣れないツンとした独特の臭み。
覚悟を決めてクイッと一口飲んでみるものの…
頑張って飲み込んだけど、口の中に焼酎の臭みが広がってく。
飲みきれず口元から一滴だけ垂れてしまったのを、フィインが親指でクイッと拭うと
あえて言わなかったし気付かないフリして何も言わなかったのに、艶美な眼差しでニコッと笑いながら言うもんだから
みるみるうちに私の顔は赤くなってきて、照れ隠しに強い言葉が出てくる。、
『こういうの』?
あ〜なるほどね。誰にでもするわけじゃないけど、対象なら誰でもするような人なんだ…
その一言のおかげでなんとか平静を保てたけど、私の強がりのせいで壁ができたように大人しくなったフィインにどこか寂しさを覚えていた。
だから、つい…
いいタイミングで店員さんがカクテルを運んでくれたから、それを手にとるとグイッと誤魔化すように勢いよく飲むけど、慣れない苦味が口の中に広がっていく。
間違えてアミー(酒豪)のお酒を飲んでしまったみたい、しかも大きなジョッキの半分も。
テキーラコークって言うらしいんだけど…テキーラ、知ってる。みんながショットで狂ったように飲んでハイになる魔のお酒…でしょ?
あ〜やっちゃったな。理性なんてとっくにどっか行ってる。視界がグラグラで吐き気がしてトイレに駆け込むけど、その歩き方はまるでペンギンかのように情けない。
出すもん出して、でも吐き気は止まらない。
あ〜あ、やだ。初対面の人の目の前でこんなこと…心配かけちゃったかな。
気持ち悪くてもはやトイレと恋人状態になる私に横からそっと背中をさすって、水をくれた。
ふらっと立ち上がってみたものの、まだ復活できてなくて視界が眩みトイレを出ようとしたところでよろめいてフィインを壁に押し付けるようにしてコケてしまった。
いわゆる壁ドンってやつ?やだ…こんな状態で、情けないなぁ〜…
大丈夫?と優しく声をかけながら、フィインに体を任せてうなだれる私を受け止めてくれてる。
くらくらしてる。立ちくらみが直るまで優しく頭をぽんぽん、と撫でてくれる。
延長で私の顔を撫でると、そのままフィインは私をじっと見つめていた。
私の顔を掴むと、背伸びして唇が触れるだけの軽いキスをした。
状況が掴めず、私もフィインの目を見つめかえしていると…
私はよろめきながらフィインの肩を借りて、もうお会計を済ませて店の外に出ているみんなの元に戻る。
まるで、何もなかったかのように。
さっきのは夢?なんだったんだろう。
突然の睡魔に襲われて、ここからはもう記憶が曖昧になっていた。
どうやらみんな、近くにあるジョイの家に泊まる話になっているっぽいけど
私はリョウくんにおぶられてそのまま運んでもらった…
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。