第54話

怪人二十面相-種明し 1-
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2020/05/28 09:04
館員
ですが、わたしどもには、どうもわけがわからないのです。あれだけの美術品を、たった一日のあいだに、にせものとすりかえるなんて、人間わざでできることではありません。

まあ、にせもののほうは、まえまえから、美術学生かなんかに化けて観覧に来て、絵図を書いていけば、模造できないことはありませんけれど、それをどうして入れかえたかが問題です。まったくわけがわかりません。
 館員は、まるでむずかしい数学の問題にでもぶっつかったようにしきりに小首をかたむけています。
警視総監
きのうの夕方までは、たしかに、みんなほんものだったのだね。
 総監がたずねますと、館員たちは、確信にみちたようすで、
館員
それはもう、けっしてまちがいございません。
と、口をそろえて答えるのです。
警視総監
すると、おそらくゆうべの夜中あたりに、どうかして二十面相一味のものが、ここへしのびこんだのかもしれんね。
館員
いや、そんなことは、できるはずがございません。

表門も裏門も塀のまわりも、大ぜいのおまわりさんが、徹夜で見はっていてくだすったのです。

館内にも、ゆうべは館長さんと三人の宿直員が、ずっとつめきっていたのです。そのげんじゅうな見はりの中をくぐって、あのおびただしい美術品を、どうして持ちこんだり、運びだしたりできるものですか。まったく人間わざではできないことです。
 館員は、あくまでいいました。
刑事部長
わからん、じつにふしぎだ……。しかし、二十面相のやつ、広言したほど男らしくもなかったですね。あらかじめ、にせものとおきかえておいて、さあ、このとおりぬすみましたというのじゃ、十日の午後四時なんて予告は、まったく無意味ですからね。
 刑事部長は、くやしまぎれに、そんなことでも言ってみないではいられませんでした。
明智小五郎
ところが、けっして無意味ではなかったのです。
 明智小五郎が、まるで二十面相を弁護でもするようにいいました。彼は老館長北小路博士と、さも仲よしのように、ずっと、さいぜんから手をにぎりあったままなのです。
警視総監
ホウ、無意味でなかったって? それはいったい、どういうことなんだね。
 警視総監が、ふしぎそうに名探偵の顔を見て、たずねました。
明智小五郎
あれをごらんください。
 すると明智は窓に近づいて、博物館の裏手のあき地を指さしました。
明智小五郎
ぼくが十二月十日ごろまで、待たなければならなかった秘密というのは、あれなのです。
 そのあき地には、博物館創立当時からの、古い日本建ての館員宿直室が建っていたのですが、それが不用になって、数日前から、家屋かおくのとりこわしをはじめ、もうほとんど、とりこわしも終わって、古材木や、屋根がわらなどが、あっちこっちにつみあげてあるのです。
刑事部長
古家をとりこわしたんだね。しかし、あれと二十面相の事件と、いったい、なんの関係があるんです。
 刑事部長は、びっくりしたように明智を見ました。
明智小五郎
どんな関係があるか、じきわかりますよ……。どなたか、お手数ですが、中にいる中村警部に、きょう昼ごろ裏門の番をしていた警官をつれて、いそいでここへ来てくれるように、お伝えくださいませんか。
 明智のさしずに、館員のひとりが、何かわけがわからぬながら、大急ぎで階下へおりていきましたが、まもなく中村捜査係長とひとりの警官をともなって帰ってきました。
明智小五郎
きみが、昼ごろ裏門のところにいた方ですか。
 明智がさっそくたずねますと、警官は総監の前だものですから、ひどくあらたまって、直立不動の姿勢で、
警官
そうです。
と答えました。
明智小五郎
では、きょう正午から一時ごろまでのあいだに、トラックが一台、裏門を出ていくのを見たでしょう。
警官
はあ、おたずねになっているのは、あのとりこわし家屋の古材木をつんだトラックのことではありませんか。
明智小五郎
そうです。
警官
それならば、たしかに通りました。
 警官は、あの古材木がどうしたんです、といわぬばかりの顔つきです。
明智小五郎
みなさんおわかりになりましたか。これが賊の魔法の種です。うわべは古材木ばかりのように見えていて、そのじつ、あのトラックには、盗難の美術品がぜんぶつみこんであったのですよ。
 明智は一同を見まわして、おどろくべき種明たねあかしをしました。

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