赤井寅三は、もうむちゅうになってたずねるのです。
乞食に化けた男は、そういって、やぶれた着物のふところから、一丁のピストルをとりだし、赤井にわたしました。
弾丸がはいっていないと聞いて、赤井は不満らしい顔をしましたが、ともかくもポケットにおさめ、
と、うながすのでした。
乞食はいいながら、小わきにかかえていた、きたならしいふろしき包みをほどくと、中から一枚の釣り鐘マントを出して、それをやぶれた着物の上から、はおりました。
ふたりが、もよりの安食堂で食事をすませ、青山墓地へたどりついたときには、トップリ日が暮れて、まばらな街燈のほかは真のやみ、お化けでも出そうなさびしさでした。
約束の場所というのは、墓地の中でももっともさびしいわき道で、宵のうちでもめったに自動車の通らぬ、やみの中です。
ふたりはそのやみの土手に腰をおろして、じっと時のくるのを待っていました。
ときどきポツリポツリと話しあいながら、また十分ほど待つうちに、とうとう向こうから自動車のヘッド・ライトが見えはじめました。
案のじょう、その車はふたりの待っている前まで来ると、ギギーとブレーキの音をたててとまったのです。
というと、ふたりは、やにわに、やみの中からとびだしました。
二つの黒い影は、たちまち客席の両がわのドアへかけよりました。そして、いきなりガチャンとドアをひらくと客席の人物へ、両方からニューッと、ピストルの筒口をつきつけました。
と同時に、客席にいた洋装の夫人も、いつのまにかピストルをかまえています。それから、運転手までが、うしろ向きになって、その手にはこれもピストルが光っているではありませんか。つまり四丁のピストルが、筒先をそろえて、客席にいる、たったひとりの人物に、ねらいをさだめたのです。
そのねらわれた人物というのは、ああ、やっぱり明智探偵でした。探偵は、二十面相の予想にたがわず、まんまと計略にかかってしまったのでしょうか。
だれかがおそろしいけんまくで、どなりつけました。
しかし、明智は、観念したものか、しずかに、クッションにもたれたまま、さからうようすはありません。あまりおとなしくしているので、賊のほうがぶきみに思うほどです。
低いけれど力強い声がひびいたかと思うと、乞食に化けた男と、赤井寅三の両人がおそろしい勢いで、車の中にふみこんできました。そして、赤井が明智の上半身をだきしめるようにしておさえていると、もうひとりは、ふところから取りだした、ひとかたまりの白布のようなものを、手早く探偵の口におしつけて、しばらくのあいだ力をゆるめませんでした。
それから、やや五分もして、男が手をはなしたときには、さすがの名探偵も、薬物の力にはかないません。まるで死人のように、グッタリと気をうしなってしまいました。
同乗していた洋装婦人が、美しい声で笑いました。
乞食に化けた男は、運転手から、ひとたばのなわを受けとると、赤井に手つだわせて、明智探偵の手足を、たとえ蘇生しても、身動きもできないように、しばりあげてしまいました。
ぐるぐる巻きの明智のからだを、自動車の床にころがして、乞食と赤井とが、客席におさまると、車はいきなり走りだしました。行く先はいわずと知れた二十面相の巣くつです。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。