第14話

怪人二十面相-少年探偵 1-
99
2020/05/28 08:57
 青年運転手を帰すと、ただちに、主人の壮太郎氏夫妻、近藤老人、それに、学校の用務員さんに送られて、車をとばして帰ってきた早苗さんもくわわって、奥まった部屋に、善後処置の相談がひらかれました。もうぐずぐずしてはいられないのです。十時といえば、八―九時間しかありません。
羽柴壮太郎
ほかのものならばかまわない。ダイヤなぞお金さえ出せば手にはいるのだからね。
しかし、あの観世音像だけは、わしは、どうも手ばなしたくないのだ。ああいう国宝級の名作を、賊の手などにわたしては、日本の美術界のためにすまない。
あの彫刻は、この家の美術室におさめてあるけど、けっしてわしの私有物ではないと思っているくらいだからね。
 壮太郎氏は、さすがにわが子のことばかり考えてはいませんでした。しかし、羽柴夫人は、そうはいきません。かわいそうな壮二君のことでいっぱいなのです。
羽柴夫人
でも、仏像をわたすまいとすれば、あの子が、どんなめにあうかわからないじゃございませんか。
いくらたいせつな美術品でも、人間の命にはかえられないとぞんじます。
どうか警察などへおっしゃらないで、賊の申し出に応じてやってくださいませ。
おかあさまのまぶたの裏には、どこともしれぬまっくらな地下室に、ひとりぼっちで泣きじゃくっている壮二君の姿が、まざまざとうかんでいました。今晩の十時さえ待ちどおしいのです。たったいまでも、仏像とひきかえに、早く壮二君をとりもどしてほしいのです。
羽柴壮太郎
ウン、壮二をとりもどすのはむろんのことだが、しかし、ダイヤを取られたうえに、あのかけがえのない美術品まで、おめおめ賊にわたすのかと思うと、ざんねんでたまらないのだ。近藤君、何か方法はないものだろうか。
近藤支配人
そうでございますね。警察に知らせたら、たちまち事があらだってしまいましょうから、賊の手紙のことは今晩十時までは、外へもれないようにしておかねばなりません。しかし、私立探偵ならば……。
 老人が、ふと一案を持ちだしました。
羽柴壮太郎
ウン、私立探偵というものがあるね。しかし、個人の探偵などにこの大事件がこなせるかしらん。
近藤支配人
聞くところによりますと、なんでも東京にひとり、えらい探偵がいると申すことでございますが。
 老人が首をかしげているのを見て、早苗さんが、とつぜん口をはさみました。
羽柴早苗
おとうさま、それは明智小五郎探偵よ。
あの人ならば、警察でさじを投げた事件を、いくつも解決したっていうほどの名探偵ですわ。
近藤支配人
そうそう、その明智小五郎という人物でした。じつにえらい男だそうで、二十面相とはかっこうの取り組みでございましょうて。
羽柴壮太郎
ウン、その名はわしも聞いたことがある。では、その探偵をそっと呼んで、ひとつ相談してみることにしようか。専門家には、われわれに想像のおよばない名案があるかもしれん。
そして、けっきょく、明智小五郎にこの事件を依頼することに話がきまったのでした。
 さっそく、近藤老人が、電話帳をしらべて、明智探偵の宅に電話をかけました。すると、電話口から、子どもらしい声で、こんな返事が聞こえてきました。
???
先生はいま、ある重大な事件のために、外国へ出張中ですから、いつお帰りともわかりません。しかし、先生の代理をつとめている小林という助手がおりますから、その人でよければ、すぐおうかがいいたします。
近藤支配人
ああ、そうですか。だが、ひじょうな難事件ですからねえ。助手の方ではどうも……。
近藤支配人がちゅうちょしていますと、先方からは、おっかぶせるように、元気のよい声がひびいてきました。
???
助手といっても、先生におとらぬ腕ききなんです。じゅうぶんご信頼なすっていいと思います。ともかく、一度おうかがいしてみることにいたしましょう。
近藤支配人
そうですか。では、すぐにひとつご足労そくろうくださるようにお伝えください。
ただ、おことわりしておきますが、事件をご依頼したことが、相手方に知れてはたいへんなのです。
人の生命に関することなのです。じゅうぶんご注意のうえ、だれにもさとられぬよう、こっそりとおたずねください。
???
それは、おっしゃるまでもなく、よくこころえております。
そういう問答もんどうがあって、いよいよ小林という名探偵がやってくることになりました。

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