それからしばらくことばがとだえて、ふたりはてんでの考えごとをしながら、おいしそうにたばこをすっていましたが、それがすっかり灰になったころ、明智はまたあくびをして、
そんなことをいったかと思うと、板戸の前に長々と横になって、目をふさいでいました。そして、まもなく、スヤスヤとおだやかな寝息が聞こえはじめたのです。
あまりなれきった探偵のしぐさに、老人は気が気ではありません。ねむるどころか、ますます耳をそばだてて、どんなかすかな物音も聞きもらすまいと、いっしょうけんめいでした。
何かみょうな音が聞こえてくるような気がします。耳鳴りかしら、それとも近くの森のこずえにあたる風の音かしら。
そして、耳をすましていますと、しんしんと夜のふけていくのが、ハッキリわかるようです。
頭の中がだんだんからっぽになって、目の前がもやのようにかすんでいきます。
ハッと気がつくと、そのうす白いもやの中に、目ばかり光らした黒装束くろしょうぞくの男が、もうろうと立ちはだかっているではありませんか。
思わず大声をあげて、寝ている明智の肩をゆさぶりました。
探偵は身動きもせず、しかりつけるようにいうのでした。
なるほど、今のは夢か、それとも幻だったのかもしれません。いくら見まわしても、黒装束の男など、どこにもいやしないのです。
老人は少しきまりが悪くなって、無言のままもとの姿勢にもどり、また耳をすましましたが、するとさっきと同じように、頭の中がスーッとからっぽになって、目の前にもやがむらがりはじめるのです。
そのもやが少しずつ濃こくなって、やがて、黒雲のようにまっくらになってしまうと、からだが深い深い地の底へでも落ちこんでいくような気持がして、老人は、いつしかウトウトとねむってしまいました。
どのくらいねむったのか、そのあいだじゅう、まるで地獄へでも落ちたような、おそろしい夢ばかりみつづけながら、ふと目をさましますと、びっくりしたことには、あたりがすっかり明るくなっているのです。
左門老人はわれながら、ふしぎでしかたがありませんでした。
見ると、明智探偵はゆうべのままの姿で、まだスヤスヤとねむっています。
老人はホッと胸をなでおろして、しずかに探偵をゆりおこしました。
明智はすぐ目をさまして、
といいながら、大きなのびをするのでした。
老人は、いわれるままに、懐中からかぎをとりだして、締まりをはずし、ガラガラと板戸をひらきました。
ところが、戸をひらいて、部屋の中を一目見たかと思うと、老人の口から
という、まるでしめころされるような、さけび声がほとばしったのです。
明智もおどろいて立ちあがり、部屋の中をのぞきました。
老人は口をきく力もなく、みょうな片言をいいながら、ふるえる手で、室内を指さしています。
見ると、ああ、老人のおどろきもけっしてむりではなかったのです。部屋の中の古名画は、壁にかけてあったのも、箱におさめて棚につんであったのも、一つのこらず、まるでかき消すようになくなっているではありませんか。
番人の刑事は、畳の上に打ちのめされたようにたおれて、なんというざまでしょう。グウグウ高いびきをかいているのです。
左門老人は、一しゅんかんに十年も年をとったような、すさまじい顔になって、明智の胸ぐらをとらんばかりです。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。