第2話

怪人二十面相-鉄のわな 1-
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2020/05/28 08:55
 麻布あざぶの、とあるやしき町に、百メートル四方もあるような大邸宅があります。
 四メートルぐらいもありそうな、高い高いコンクリートべいが、ズーッと、目もはるかにつづいています。いかめしい鉄のとびらの門をはいると、大きなソテツが、ドッカリとわっていて、そのしげった葉の向こうに、りっぱな玄関が見えています。

 いくともしれぬ、広い日本建てと、黄色い化粧れんが、、、をはりつめた、二階建ての大きな洋館とが、かぎの手にならんでいて、その裏には、公園のように、広くて美しいお庭があるのです。

 これは、実業界の大立者おおだてもの羽柴壮太郎はしばそうたろう氏の邸宅です。

 羽柴家には、今、ひじょうな喜びと、ひじょうな恐怖とが、織りまざるようにして、おそいかかっていました。

 喜びというのは、今から十年以前に家出をした、長男の壮一そういち君が、南洋ボルネオ島から、おとうさんにおわびをするために、日本へ帰ってくることでした。

 壮一君は生来せいらいの冒険児で、中学校を卒業すると、学友とふたりで、南洋の新天地に渡航し、何か壮快な事業をおこしたいと願ったのですが、父の壮太郎氏は、がんとしてそれをゆるさなかったので、とうとう、むだんで家をとびだし、小さな帆船はんせんに便乗して、南洋にわたったのでした。

 それから十年間、壮一君からはまったくなんのたよりもなく、ゆくえさえわからなかったのですが、つい三ヵ月ほどまえ、とつぜん、ボルネオ島のサンダカンから手紙をよこして、やっと一人まえの男になったから、おとうさまにおわびに帰りたい、といってきたのです。

 壮一君は現在では、サンダカン付近に大きなゴム植林をいとなんでいて、手紙には、そのゴム林の写真と、壮一君の最近の写真とが、同封してありました。もう三十歳です。鼻下びかにきどったひげをはやして、りっぱな大人になっていました。

 おとうさまも、おかあさまも、妹の早苗さなえさんも、まだ小学生の弟の壮二そうじ君も、大喜びでした。下関しものせきで船をおりて、飛行機で帰ってくるというので、その日が待ちどおしくてしかたがありません。

 さて、いっぽう羽柴家をおそった、ひじょうな恐怖といいますのは、ほかならぬ「二十面相」のおそろしい予告状です。予告状の文面は、


「余がいかなる人物であるかは、貴下きかも新聞紙上にてご承知であろう。
 貴下は、かつてロマノフ王家おうけ宝冠ほうかんをかざりしだいダイヤモンド六個を、貴家の家宝として、珍蔵ちんぞうせられると確聞かくぶんする。

 余はこのたび、右六個のダイヤモンドを、貴下より無償にてゆずりうける決心をした。近日中にちょうだいに参上するつもりである。

 正確な日時はおってご通知する。
 ずいぶんご用心なさるがよかろう。」


というので、おわりに「二十面相」と署名してありました。

 そのダイヤモンドというのは、ロシアの帝政没落ていせいぼつらくののち、ある白系はっけいロシア人が、旧ロマノフ家の宝冠を手に入れて、かざりの宝石だけをとりはずし、それを、中国商人に売りわたしたのが、まわりまわって、日本の羽柴氏に買いとられたもので、あたいにして二百万円という、貴重な宝物ほうもつでした。

 その六個の宝石は、げんに、壮太郎氏の書斎の金庫の中におさまっているのですが、怪盗はそのありかまで、ちゃんと知りぬいているような文面です。

 その予告状をうけとると、主人の壮太郎氏は、さすがに顔色もかえませんでしたが、夫人をはじめ、お嬢さんも、召使いなどまでが、ふるえあがってしまいました。

 ことに羽柴家の支配人近藤こんどう老人は、主家の一大事とばかりに、さわぎたてて、警察へ出頭しゅっとうして、保護をねがうやら、あたらしく、猛犬を買いいれるやら、あらゆる手段をめぐらして、賊の襲来しゅうらいにそなえました。

 羽柴家の近所は、おまわりさんの一家が住んでおりましたが、近藤支配人は、そのおまわりさんにたのんで、非番の友だちを交代に呼んでもらい、いつも邸内には、二―三人のおまわりさんが、がんばっていてくれるようにはからいました。

 そのうえ壮太郎氏の秘書が三人おります。おまわりさんと、秘書と、猛犬と、このげんじゅうな防備の中へ、いくら「二十面相」の怪賊にもせよ、しのびこむなんて、思いもよらぬことでしょう。

 それにしても、待たれるのは、長男壮一君の帰宅でした。徒手空拳としゅくうけん、南洋の島へおしわたって、今日こんにちの成功をおさめたほどの快男児ですから、この人さえ帰ってくれたら、家内のものは、どんなに心じょうぶだかしれません。

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