日下部左門老人が、修善寺でやとった自動車をとばして、谷口村の「お城」へ帰ってから、三十分ほどして、明智小五郎の一行が到着しました。
一行は、ピッタリと身にあう黒の洋服に着かえた明智探偵のほかに、背広服のくっきょうな紳士が三人、みな警察分署づめの刑事で、それぞれ肩書きつきの名刺を出して、左門老人とあいさつをかわしました。
老人はすぐさま、四人を奥まった名画の部屋へ案内して、壁にかけならべた掛け軸や、箱におさめて棚たなにつみかさねてある、おびただしい国宝的傑作をしめし、いちいちその由緒を説明するのでした。
明智探偵は、感嘆にたえぬもののように、一つ一つの名画について、賛辞をならべるのでしたが、その批評のことばが、その道の専門家もおよばぬほどくわしいのには、さすがの左門老人もびっくりしてしまいました。そして、名探偵への尊敬の念が、ひとしお深くなるのでした。
さて、少し早めに、一同夕食をすませると、いよいよ名画守護の部署につくことになりました。
明智は、テキパキした口調で、三人の刑事にさしずをして、ひとりは名画室の中へ、ひとりは表門、ひとりは裏口に、それぞれ徹夜をして、見はり番をつとめ、あやしいものの姿をみとめたら、ただちに呼び子を吹きならすというあいずまできめたのです。
刑事たちが、めいめいの部署につくと、明智探偵は名画室のがんじょうな板戸を、外からピッシャリしめて、老人にかぎをかけさせてしまいました。
名探偵はそういって、板戸の前の畳廊下に、ドッカリすわりました。
老人は明智の顔色を見ながら、いいにくそうにたずねるのです。
明智がすすめても、老人はなかなか承知しません。
そういって、探偵のかたわらへすわりこんでしまいました。
さすがに百戦錬磨の名探偵、にくらしいほど落ちつきはらっています。
それから、ふたりはらくな姿勢になって、ポツポツ古名画の話をはじめたものですが、しゃべるのは明智ばかりで、老人はソワソワと落ちつきがなく、ろくろく受け答えもできないありさまです。
左門老人には、一年もたったかと思われるほど、長い長い時間のあとで、やっと、十二時がうちました。真夜中です。
明智はときどき、板戸ごしに、室内の刑事に声をかけていましたが、そのつど、中からハッキリした口調で、異状はないという返事が聞こえてきました。
明智はあくびをして、
と、たばこ入れをパチンとひらいて、自分も一本つまんで、老人の前にさしだすのでした。
左門老人は、さしだされたエジプトたばこを取りながら、まだ不安らしくいうのです。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。