第19話

怪人二十面相-おとしあな 2-
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2020/05/28 08:59
 ああ、読者諸君、まだ安心はできません。名にしおう怪盗のことです。負けたとみせて、そのじつ、どんな最後の切り札を残していないともかぎりません。
小林芳雄
おやっ、きさま、何がおかしいんだ。
 観音さまに化けた少年は、ギョッとしたように立ちどまって、ゆだんなく身がまえました。
怪人二十面相
いや、しっけい、しっけい、きみがおとなのことばなんか使って、あんまりこまっちゃくれているもんだから、つい吹きだしてしまったんだよ。
 賊はやっと笑いやんで、答えるのでした。
怪人二十面相
というのはね。おれはとうとう、きみの正体を見やぶってしまったからさ。この二十面相の裏をかいて、これほどの芸当げいとうのできるやつは、そうたんとはないからね。じつをいうと、おれはまっ先に明智小五郎を思いだした。

 だが、そんなちっぽけな明智小五郎なんてありゃしないね。きみは子どもだ。明智流のやり方を会得えとくした子どもといえば、ほかにはない。明智の少年助手の小林芳雄とかいったっけな。ハハハ……、どうだ、あたったろう。
 観音像に変装した小林少年は、賊の明察に、内心ギョッとしないではいられませんでした。しかし、よく考えてみれば、目的をはたしてしまった今、相手に名まえをさとられたところで、少しもおどろくことはないのです。
小林芳雄
名まえなんかどうだっていいが、お察しのとおりぼくは子どもにちがいないよ。だが、二十面相ともあろうものが、ぼくみたいな子どもにやっつけられたとあっては、少し名折なおれだねえ。ハハハ……。
 小林少年は負けないで応しゅうしました。
怪人二十面相
坊や、かわいいねえ……。きさま、それで、この二十面相に勝ったつもりでいるのか。
小林芳雄
負けおしみは、よしたまえ。せっかくぬすみだした仏像は生きて動きだすし、ダイヤモンドはとりかえされるし、それでもまだ負けないっていうのかい。
怪人二十面相
そうだよ。おれはけっして負けないよ。
小林芳雄
で、どうしようっていうんだ!
怪人二十面相
こうしようというのさ!
 その声と同時に、小林少年は足の下の床板ゆかいたが、とつぜん消えてしまったように感じました。
 ハッとからだが宙にういたかと思うと、そのつぎのしゅんかんには、目の前に火花が散って、からだのどこかが、おそろしい力でたたきつけられたような、はげしい痛みを感じたのです。

 ああ、なんという不覚でしょう。ちょうどそのとき、彼が立っていた部分の床板が、おとしあなのしかけになっていて、賊の指がソッと壁のかくしボタンをおすと同時に、とめ金がはずれ、そこにまっくらな四角い地獄の口があいたのでした。

 痛みにたえかねて、身動きもできず、暗やみの底にうつぶしている小林少年の耳に、はるか上のほうから、二十面相のこきみよげな嘲笑ちょうしょうがひびいてきました。
怪人二十面相
ハハハ……、おい坊や、さぞ痛かっただろう。気のどくだねえ。まあ、そこでゆっくり考えてみるがいい。きみの敵がどれほどの力を持っているかということをね。ハハハ……、この二十面相をやっつけるのには、きみはちっと年が若すぎたよ。ハハハ……。

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