第7話

怪人二十面相-魔法使い-
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2020/05/28 08:56
 しばらくのあいだ、ふたりともだまりこくって、青ざめた顔を、見あわせるばかりでしたが、やっと壮太郎氏は、さもいまいましそうに、
羽柴壮太郎
ふしぎだ。
と、つぶやきました。
羽柴壮一
ふしぎですね。
 壮一君も、おうむがえしに同じことをつぶやきました。しかし、みょうなことに、壮一君は、いっこうおどろいたり、心配したりしているようすがありません。くちびるのすみに、なんだかうす笑いのかげさえ見えます。
羽柴壮太郎
戸じまりに異状はないし、それに、だれかがはいってくれば、このわしの目にうつらぬはずはない。まさか、賊は幽霊のように、ドアのかぎ穴から出はいりしたわけではなかろうからね。
羽柴壮一
そうですとも、いくら二十面相でも、幽霊に化けることはできますまい。
羽柴壮太郎
すると、この部屋にいて、ダイヤモンドに手をふれることができたものは、わしとおまえのほかにはないのだ。
 壮太郎氏は、何かうたがわしげな表情で、じっとわが子の顔を見つめました。
羽柴壮一
そうです。あなたかぼくのほかにはありません。
 壮一君のうす笑いがだんだんはっきりして、にこにこと笑いはじめたのです。
羽柴壮太郎
おい、壮一、おまえ何を笑っているのだ。何がおかしいのだ。
 壮太郎氏はハッとしたように、顔色をかえてどなりました。
羽柴壮一
ぼくは賊の手なみに感心しているのですよ。彼はやっぱりえらいですなあ。ちゃんと約束を守ったじゃありませんか。十重二十重とえはたえの警戒を、もののみごとに突破したじゃありませんか。
羽柴壮太郎
こら、よさんか。おまえはまた賊をほめあげている。つまり、賊に出しぬかれたわしの顔がおかしいとでもいうのか。
羽柴壮一
そうですよ。あなたがそうして、うろたえているようすが、じつにゆかいなんですよ。
 ああ、これが子たるものの父にたいすることばでしょうか。壮太郎氏はおこるよりも、あっけにとられてしまいました。そして、今、目の前にニヤニヤ笑っている青年が、自分のむすこではなく、何かしら、えたいのしれない人間に見えてきました。
羽柴壮太郎
壮一、そこを動くんじゃないぞ。
 壮太郎氏は、こわい顔をしてむすこをにらみつけながら、呼びりんをおすために、部屋の一方の壁に近づこうとしました。
羽柴壮一
羽柴さん、あなたこそ動いてはいけませんね。
 おどろいたことには、子が父を羽柴さんと呼びました。そして、ポケットから小型のピストルをとりだすと、その手をひくくわきにあてて、じっとおとうさんにねらいをさだめたではありませんか。顔はやっぱりニヤニヤと笑っているのです。
 壮太郎氏は、ピストルを見ると、立ちすくんだまま、動けなくなりました。
羽柴壮一
人を呼んではいけません。声をおたてになれば、ぼくは、かまわず引き金をひきますよ。
羽柴壮太郎
きさまはいったい何者だ。もしや……。
怪人二十面相
ハハハ……、やっとおわかりになったようですね。ご安心なさい。ぼくは、あなたのむすこの壮一君じゃありません。おさっしのとおり、あなた方が二十面相と呼んでいる盗賊です。
 壮太郎氏はお化けでも見るように、相手の顔を見つめました。どうしても、とけないなぞがあったからです。では、あのボルネオ島からの手紙は、だれが書いたのだ。あの写真はだれの写真なのだ。
怪人二十面相
ハハハ……、二十面相は童話の中の魔法使いです。だれにでもできないことを、実行してみせるのです。羽柴さん、ダイヤモンドをちょうだいしたお礼に、種明しをしましょうか。
 怪青年は身の危険を知らぬように、落ちつきはらって説明しました。
怪人二十面相
ぼくは、壮一君のゆくえ不明になっていることをさぐりだしました。同君の家出以前の写真も手に入れました。そして、十年のあいだに、壮一君がどんな顔にかわるかということを想像して、まあ、こんな顔をつくりあげたのです。
 彼はそういって、自分のほおをピタピタとたたいてみせました。
怪人二十面相
ですから、あの写真は、ほかでもない、このぼくの写真なのです。手紙もぼくが書きました。そして、ボルネオ島にいるぼくの友だちに、あの手紙と写真を送って、そこからあなたあてに郵送させたわけですよ。お気のどくですが、壮一君はいまだにゆくえ不明なのです。ボルネオ島なんかにいやしないのです。あれはすっかり、はじめからおしまいまで、この二十面相のしくんだお芝居ですよ。
 羽柴一家の人々は、おとうさまもおかあさまも、なつかしい長男が帰ったという喜びに、とりのぼせて、そこにこんなおそろしいカラクリがあろうとは、まったく思いもおよばなかったのでした。
怪人二十面相
ぼくは忍術使にんじゅつつかいです。
 二十面相は、さも、とくいらしくつづけました。
怪人二十面相
わかりますか。ホラ、さっきのピンポンの玉です。あれが忍術の種なんです。あれはぼくがポケットからじゅうたんの上にほうりだしたのですよ。あなたは、少しのあいだ玉に気をとられていました。机の下をのぞきこんだりしました。そのすきに宝石箱の中から、ダイヤモンドをとりだすのは、なんのぞうさもないことでした。ハハハ……、では、さようなら。
 賊はピストルをかまえながら、あとずさりをしていって、左手で、かぎ穴にはめたままになっていたかぎをまわし、サッとドアをひらくと、廊下へとびだしました。
 廊下には、庭にめんして窓があります。賊はその掛け金をはずして、ガラス戸をひらき、ヒラリと窓わくにまたがったかと思うと、
怪人二十面相
これ、壮二君のおもちゃにあげてください。ぼくは人殺ひとごろしなんてしませんよ。
といいながら、ピストルを部屋の中へ投げこんで、そのまま姿を消してしまいました。二階から庭へととびおりたのです。
 壮太郎氏は、またしても出しぬかれました。

 ピストルはおもちゃだったのです。さいぜんから、おもちゃのピストルにおびえて、人を呼ぶこともできなかったのです。

 しかし、読者諸君はご記憶でしょう。賊のとびおりた窓というのは、少年壮二君が、夢にみたあの窓です。その下には、壮二君がしかけておいた鉄のわな、、が、のこぎりのような口をひらいて、えものをまちかまえているはずです。夢は正夢まさゆめでした。すると、もしかしたら、あのわなも何かの役にたつのではありますまいか。

 ああ、もしかしたら!

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