しばらくのあいだ、ふたりともだまりこくって、青ざめた顔を、見あわせるばかりでしたが、やっと壮太郎氏は、さもいまいましそうに、
と、つぶやきました。
壮一君も、おうむがえしに同じことをつぶやきました。しかし、みょうなことに、壮一君は、いっこうおどろいたり、心配したりしているようすがありません。くちびるのすみに、なんだかうす笑いのかげさえ見えます。
壮太郎氏は、何かうたがわしげな表情で、じっとわが子の顔を見つめました。
壮一君のうす笑いがだんだんはっきりして、にこにこと笑いはじめたのです。
壮太郎氏はハッとしたように、顔色をかえてどなりました。
ああ、これが子たるものの父にたいすることばでしょうか。壮太郎氏はおこるよりも、あっけにとられてしまいました。そして、今、目の前にニヤニヤ笑っている青年が、自分のむすこではなく、何かしら、えたいのしれない人間に見えてきました。
壮太郎氏は、こわい顔をしてむすこをにらみつけながら、呼びりんをおすために、部屋の一方の壁に近づこうとしました。
おどろいたことには、子が父を羽柴さんと呼びました。そして、ポケットから小型のピストルをとりだすと、その手をひくくわきにあてて、じっとおとうさんにねらいをさだめたではありませんか。顔はやっぱりニヤニヤと笑っているのです。
壮太郎氏は、ピストルを見ると、立ちすくんだまま、動けなくなりました。
壮太郎氏はお化けでも見るように、相手の顔を見つめました。どうしても、とけないなぞがあったからです。では、あのボルネオ島からの手紙は、だれが書いたのだ。あの写真はだれの写真なのだ。
怪青年は身の危険を知らぬように、落ちつきはらって説明しました。
彼はそういって、自分のほおをピタピタとたたいてみせました。
羽柴一家の人々は、おとうさまもおかあさまも、なつかしい長男が帰ったという喜びに、とりのぼせて、そこにこんなおそろしいカラクリがあろうとは、まったく思いもおよばなかったのでした。
二十面相は、さも、とくいらしくつづけました。
賊はピストルをかまえながら、あとずさりをしていって、左手で、かぎ穴にはめたままになっていたかぎをまわし、サッとドアをひらくと、廊下へとびだしました。
廊下には、庭にめんして窓があります。賊はその掛け金をはずして、ガラス戸をひらき、ヒラリと窓わくにまたがったかと思うと、
といいながら、ピストルを部屋の中へ投げこんで、そのまま姿を消してしまいました。二階から庭へととびおりたのです。
壮太郎氏は、またしても出しぬかれました。
ピストルはおもちゃだったのです。さいぜんから、おもちゃのピストルにおびえて、人を呼ぶこともできなかったのです。
しかし、読者諸君はご記憶でしょう。賊のとびおりた窓というのは、少年壮二君が、夢にみたあの窓です。その下には、壮二君がしかけておいた鉄のわなが、のこぎりのような口をひらいて、えものをまちかまえているはずです。夢は正夢でした。すると、もしかしたら、あのわなも何かの役にたつのではありますまいか。
ああ、もしかしたら!
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。