名探偵は、プラットホームで賊をとらえようと思えば、なんのわけもなかったのです。どうして、この好機会を見のがしてしまったのでしょう。読者諸君は、くやしく思っているかもしれませんね。
しかし、これは名探偵の自信がどれほど強いかを語るものです。賊を見くびっていればこそ、こういう放れわざができるのです。探偵は博物館の宝物には、賊の一指をもそめさせない自信がありました。例の美術城の宝物も、そのほかのかぞえきれぬ盗難品も、すっかり取りかえす信念がありました。
それには、今、賊をとらえてしまっては、かえって不利なのです。二十面相には、多くの手下があります。もし首領がとらえられたならば、その部下のものが、ぬすみためた宝物を、どんなふうに処分してしまうか、知れたものではないからです。逮捕は、そのたいせつな宝物のかくし場所をたしかめてからでもおそくはありません。
そこで、せっかく出むかえてくれた賊を、失望させるよりは、いっそ、そのさそいに乗ったと見せかけ、二十面相の知恵の程度をためしてみるのも、一興であろうと考えたのでした。
二十面相はあくまで不敵です。そういいながら、目を細くして探偵の顔を見つめ、さもおかしそうに大声に笑いだすのでした。
明智小五郎も、負けない大笑いをしました。
二十面相はだんだん、声の調子をすごくしながら、ニヤニヤとうすきみ悪く笑うのでした。
明智はいいながら、ゆっくり立ちあがって、ドアとは反対のほうへ歩いていきました。そして、なにか景色でもながめるように、のんきらしく、ガラスごしに窓の外を見やって、かるくあくびをしながら、ハンカチをとりだして、顔をぬぐっております。
そのとき、いつのまにベルをおしたのか、さいぜんのがんじょうなボーイ長と、同じくくっきょうなもうひとりのボーイとが、ドアをあけてツカツカとはいってきました。そして、テーブルの前で、直立不動の姿勢をとりました。
二十面相はそういっておいて、ふたりの大男のボーイのほうをふりむきました。
すると、ふたりの男は、たちまち二ひきの野獣のようなものすごい相好になって、いきなり明智を目がけてつき進んできます。
明智は窓を背にして、キッと身がまえました。
ああ、なんという不覚でしょう。名探偵は、まんまと敵のわなにおちいったのです。それと知りながら、このんで火の中へとびこんだようなものです。これほど用意がととのっていては、もうのがれるすべはありません。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。