鞠衣（まりい）は恐る恐る目を開ける。

肩で息をするトーマが鞠衣からミハイを引き剥がし、ノアが鞠衣を庇っていた。

トーマはミハイの首元を掴み、苦しそうに吠える。

ノアもまた苦しそうだが、腕でミハイを牽制しつつ、問いかけた。

鞠衣が疑問を口にすると、ノアはトーマをちらりと見た。

トーマが頷き、ノアは話し出す。

鞠衣は震える声で問い返す。
それに答えたのはトーマだった。

トーマとノアはおよそ百二十年前、日本へやって来た時に哀原（あいはら）家と契約した。


哀原家は本家・分家を問わず娘の血液をふたりの吸血鬼に差しだし、トーマとノアはその力をもって哀原家の繁栄の手助けをする。

長らく、そうしてやってきた。


だが、鞠衣と月菜（るみな）の両親が亡くなったことがきっかけで、だんだんと縁遠くなっていた分家とはほぼ縁が切れた。

それから二人は、月菜（るみな）一人から吸血を続けるようになる。


月菜（るみな）が倒れたのちは、鞠衣から。

――その果てが、この結果だと言うのだ。

トーマは苦しそうにただ目を伏せ、ノアはこくりと頷いて肯定した。

鞠衣の瞳が、絶望に見開かれる。

ミハイはそんな鞠衣をおかしそうに眺め、歌うような調子でさらに追い打ちをかけた。

ミハイが鞠衣に向かって手を差しのばす。

鞠衣は導かれるように、ゆらりと立ち上がった。

ノアが制止しようとするが、身体が鉛のように重たく、まったく動かせない。

トーマはミハイの首元を掴んだ手に力を込め、さらに全身を使って捕縛しようとする。
だが。

何か、目に見えない質量がミハイとの間に現れ、トーマは振り払われてしまう。

ミハイの能力は重量操作だ。

ノアが動けないでいるのも、おそらくミハイの発生させた重力波によって、押さえつけられているのだろう。

いつもは呼ばれない名前で呼ばれても、もう鞠衣の耳には届かなかった。

トーマとノアは必死に言い募る。


――ひとりの人間から吸血を続けるとその人物が死に至るとは、彼らも知らなかった。

だが、月菜（るみな）の死に自分たちが関係していないとも考えられなかった。


月菜（るみな）の十八歳の誕生日、彼らは月菜（るみな）に愛を乞われた。

それに応えたから、月菜（るみな）はきっと――

今度こそ、大切に愛そうと思った。

吸血鬼である自分たちとの関係には一線をひいて、いつか鞠衣が恋をしたら、彼女を解放しようと考えていた。

けれど独占欲から、鞠衣を縛り付けるようなことばかりしてしまった。


これは、その罰だというのか。

ミハイが手を伸ばし、ふらふらと歩み寄る鞠衣を搦（から）め捕（と）る。

鞠衣はミハイの魔手に堕（お）ちた。
彼は鞠衣の豊かな髪を一房手に取り、口づけを落とす。


そうしてそのまま、大きく口を開け鞠衣の首すじに牙を――

白い肌に牙が食い込む寸前、ミハイが息を呑んだ。トーマとノアもはっとして振り返る。


――三人の視線の先、ベッドで上体を起こす人影があった。