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第3話

✤𝟛. 完璧な吸血鬼
その朝、鞠衣(まりい)は生徒会の用事を済ませるため、早めに登校した。

用を済ませたのち、まだ人気の少ない廊下を通り、自らの教室へと向かう。

渡り廊下の窓はほぼ全面がガラス張りで、明るい陽光がさんさんと降り注いでいた。
鞠衣
鞠衣
(……?)
渡り廊下を抜けた先から喧噪が伝わってきて、鞠衣はわずかに首をかしげる。
鞠衣
鞠衣
(こんな早くに、
一体なんの騒ぎでしょう)
しかしそんな好奇心などおくびにも見せずに、いつも通りに渡り廊下を抜け、校舎へと足を踏み入れる。

すると、ほど近い場所に人だかりが出来ていた。

こんな時間に、自分以外に人だかりをつくる人物などいるとは思えないが……。

怪訝に思いそちらを見る鞠衣に気づいたらしく、人だかりが乱れる。
女子生徒
哀原(あいはら)先輩よ
別の女子生徒
鞠衣さま……
女子生徒たちがざわめき、人垣がさっと割れた。
鞠衣
鞠衣
(――……!)
割れた人垣のその先に、見慣れた二人の人影がある。


明るい金色の髪に、深い萌葱(もえぎ)色の瞳。

――トーマとノアだった。
鞠衣
鞠衣
(兄さまたち……!?)
鞠衣は驚愕し、立ち尽くす。

冷静沈着な副会長の仮面も、この時は剥がれ落ちてしまう。
トーマ
トーマ
……!
ノア
ノア
姫!
二人もまた、鞠衣に気づいたようだった。
だが、自分たちからこちらへ近づいては来ない。

そのことに軽い屈辱を覚えながら、鞠衣は二人の元へ足を進めた。
鞠衣
鞠衣
どういうこと?
動揺を押し隠し、努めて冷静に告げた――つもりだった。

だが、その声にはわずかに揺らぎが混じってしまう。
トーマ
トーマ
何が?
ノア
ノア
僕たちがここにいちゃ、駄目?
鞠衣
鞠衣
……
鞠衣はそれ以上、二人を問い詰めることができなかった。


陽の光に弱い吸血鬼であるトーマとノアは、普段ならば曇りや雨の日に、短時間登校するのみだ。

それがこんな晴天の朝っぱらから登校している。

これまで彼らと生活を共にしてきた鞠衣とって、にわかに信じがたい光景だった。
ノア
ノア
ふふ。積もる話はまた、家でね?
ノアが人差し指を伸ばし、鞠衣の唇に当てた。


学園の女王と、その兄でありたまにしか登校しないものの、強烈な存在感を放つトーマとノア。

三人の親密な様子に、周りからきゃあっと黄色い声が上がる。
鞠衣
鞠衣
――
鞠衣はわずかに目を伏せ、小さなため息を漏らした。

これ以上この場に留まっても、不愉快な思いをするだけだろう。
鞠衣
鞠衣
では
素っ気なく告げて、鞠衣は二人の脇を抜けその場を立ち去った。



   ・ ‥… † ††† † ††† † …‥ ・



哀原(あいはら)家の屋敷に帰宅した鞠衣は、自室で制服から着替えたのち、ダイニングルームへと向かっていた。
鞠衣
鞠衣
(メイドに言って、
紅茶でも淹(い)れてもらおう)
内線で呼べば済むことではあるが、今は動いていたかった。


その道すがら、後から帰宅してきたトーマとノアと行き会う。
鞠衣
鞠衣
おかえりなさい、
トーマ兄さま、ノア兄さま
トーマ
トーマ
ああ、ただいま
ノア
ノア
ただいま、姫
鞠衣
鞠衣
兄さま、お話を聞かせて
いただけますか?
鞠衣はすかさず、話を切り出した。
トーマ
トーマ
ん? ……ああ、それか
トーマは面倒くさそうにつぶやき、そしておもむろに鞠衣の腕を掴んだ。
鞠衣
鞠衣
な、なに?
トーマ
トーマ
こっちへ来いよ
トーマに腕を引かれ、ノアに背を押されて部屋に引っ張り込まれる。

そこは普段は使われない、客室としている部屋だ。
ノア
ノア
……ええと、単刀直入に
言ったほうがいいよね?
ノアがトーマに尋ねると、トーマは無言で頷く。
そして、ノアが鞠衣を見つめてこう言った。
ノア
ノア
僕らの主が、死んだんだよ
鞠衣
鞠衣
主……?
あまり馴染みのない言葉に、鞠衣は小さく目を見開く。
トーマ
トーマ
お嬢も知ってるだろ、俺たちが昔、
ヨーロッパに居たこと
鞠衣
鞠衣
ええ
双子の吸血鬼は、ヨーロッパのとある国で人間として生まれた。


そして、彼らが主と呼ぶ吸血鬼によって自らも吸血鬼とされ、やがて主の元を出奔(しゅっぽん)し、海を越え日本へと渡ってきたのだ。

そののち哀原家と契約を結び、食客(しょっかく)として迎え入れられた。


――それはもう、今から百二十年ほども昔の話だ。
ノア
ノア
主は生粋の吸血鬼だから、
およそ吸血鬼の弱点と言われる
すべてを克服し、超越した存在なんだ
トーマ
トーマ
ああ。海だけは渡れなかったけどな。
お陰で、俺たちはアイツの元から
逃げ出せた
ノア
ノア
その、主が死んだことで……
眷族(けんぞく)である僕たちに、
彼の力が流れ込んできたんだ
ノア
ノア
――すべてを超越した、
完璧な吸血鬼の力が
鞠衣
鞠衣
……!!
鞠衣は目を見開く。
それでは、今の彼らは――
トーマ
トーマ
ああ。
俺たちはもう、陽の光を恐れない
ノア
ノア
僕たちは、完璧な吸血鬼になったんだ
ノアがにっこりと微笑む。
鞠衣
鞠衣
そう……ですか
鞠衣はただそれだけを返した。

彼らは主であった吸血鬼を嫌っているようだが、まさか祝福しますとも、逆にお悔やみ申し上げますとも言えない。


それに、彼らが昼日中も出歩けるようになったことが、鞠衣にとって何をもたらすのかも、今はまだよくわからない。
トーマ
トーマ
ま、とゆー訳だから、
話はこれでお終いな
トーマに促され、二人とともに鞠衣は客室を出た。

彼らは鞠衣の肩を軽く叩き、それから廊下の奥へと足を向ける。


――その先は……
鞠衣
鞠衣
兄さま
鞠衣は二人の背中に声をかけた。
ノア
ノア
なに?
きゅっと唇を噛み締めてから、鞠衣はこう告げた。
鞠衣
鞠衣
そんなにたくさんの女の子たちの
匂いをさせて、お姉さまを見舞う
おつもりですか?
トーマがおや、と眉を上げる。

鞠衣は必死に、彼らから瞳を逸らさずにいた。
ノア
ノア
……ふふ、そっか。
女の子はそういうの、気になるよね
トーマ
トーマ
しゃーねーな
二人は踵を返し、鞠衣の脇を抜けて廊下を戻っていった。
浴室でシャワーを浴びるのだろう。
鞠衣
鞠衣
……
鞠衣はその場に立ち尽くし、彼らが立ち去った廊下の先を見つめる。

それから、視線をめぐらせて。


彼らが先刻向かおうとした先――廊下の奥を、ただじっと見据えた。
鞠衣
鞠衣
(月菜(るみな)、お姉さま……)
そして、ゆっくりと廊下の最奥(さいおう)へ――
姉である月菜(るみな)が眠る部屋へと足を向けたのだった。