黄昏時 / ep.05
午前9時 。
‘ほら、席につけ。
お前ら今日は、転校生が来ている。
そんな担任の言葉にクラスが
一気に騒がしくなる。
‘高校3年生の夏に引っ越しなんて
よっぽどの事情があるんだなぁ、
誰かがそんな風に言うのが聞こえる。
‘おっし、じゃあ入って来てくれ!
お決まりのセリフを担任が言った後、
教室のドアが開いた。
「 転校生 」の
歩く上履きの足音、
ズボンが擦れる音。
イケメンかな、イケメンかな、
って騒ぐ女子たちの声。
がちゃがちゃした生活の雑音。
下品な笑い声。
友達の悪口。
人間の大好物がふっと消えた。
教室の淀んで霞んでいた空気が
その時初めて透明に見えた。
あの夜と同じように。
周りの空気を震わせた美貌
「彼」全ての要素が私の体に染み込んできて
離れない
‘紹介する、今日からクラスメートの七瀬碧くんだ。
そんな担任の声も耳に入らない。
きっと世界が止まるって
このことを言うんだと思う。
全てがスローモーションで
まるで、おとぎ話の中に入ったみたい
灰色の瞳に捕まえられるこの感覚。
その瞬間あの夜の事全てが頭をかけた。
街で見たあの人のことを、
どうしても思い出せなかった夜のことを、
夢か現実なのか区別さえつかなかった
あの灰色の瞳のことを — 。
「 転校生 」が、七瀬碧が、
黄昏時に出会ったあの 「 彼 」がここにいる。
心臓がバタバタと動き出す
鼓動がうるさく胸を叩いてくる。
‘ 七瀬碧です、よろしくお願いします。
そう彼の口が動く。
私の大好きだった、
笑顔のよく似合う、
今はもう亡き彼を
思い出させるような微笑みを浮かべながら。
神様は、いじわるだ。
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✒︎ chloé
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!