第42話

〔西畑大吾〕塩彼氏
11,878
2020/08/01 09:01


『大ちゃん。』



「……。」



『ねぇ、大ちゃん?』



「…何?」



『あのっ、早くご飯食べないと、冷めちゃうよ…?』



「…あぁ、うん。」




付き合って3年になる、彼氏の大ちゃん。



元々大ちゃんは、自分の気持ちを表に出すのは苦手な方。



だから、あんまり色々大ちゃんに求めすぎてはいけないって、わかってはいるけれど。



何も聞いても、"あぁ"とか"うん"とか、そんな簡単な返事しか返って来ないし



大ちゃんのために、ご飯を作ったり、私だって忙しいのに、自分の仕事の合間を縫って家事をしても



"美味しい"や"ありがとう"の1つさえも、言って貰えない。



それでも付き合い始めた頃は、もっと会話だってしていたし



キスやハグだって、不器用ながらに、大ちゃんからしてくれていて



そんな日常に、幸せすらも感じてた。



だけど…



"好き"



1番言って欲しいこの言葉は、もうしばらく大ちゃんの口からは聞いていない。



キスもハグも、それ以上のことだって。



私は今でもして欲しいって思ってるのに、大ちゃんが最後に私に触れてくれたのは



もう、思い出すことさえ出来ないくらい、昔の話。




『ねぇ、大ちゃん。大ちゃんは私のこと…。』




"私のこと、好き…?"



そう言いかけて、言葉に詰まる。




『…やっぱり、なんでもない。』




どうせ、こんなことを聞いたって大ちゃんは、また中途半端な返事しかしてくれへん。



それに、もし返事をしてくれたとして、"好きじゃない"ってそう言われたら。



自分が傷つくことが目に見えているのに、それを口に出すほどの勇気は、私にはない。



今まで、どれだけ大ちゃんに冷たい態度をとられても、恋人らしいことをして貰えなくても



それでも、私は大ちゃんのことが好きだったから。



今私が少し我慢をすれば、昔みたいな優しい大ちゃんに戻ってくれるんじゃないかって



そんな期待をしながら、耐えてきたけれど。



でももう、それも限界。



きっと大ちゃんは、もう私のことなんて好きじゃない。



こんなにも私は、大ちゃんのことが好きなのに、そんな私の想いは伝わらなくて



同じようには、大ちゃんからは想って貰えない。



そう考えたら、苦しくて。



だったら、いっその事。



もう大ちゃんとは、別れた方がいいのかな…?



そんな考えさえもが、私の脳裏をよぎる。



だけど、目の前にいる大ちゃんに対して、込み上げてくる感情は



やっぱり、"好き"って気持ちでしかなくて。



自分でコントロールすることすら出来ないこの感情に、胸がきゅーっと締め付けられて。




「えっ、あなた…?」



『ごめっ…、違うの、何でもない…、からっ。』




私の目からは、自然と涙が溢れてくる。



だけど、今更泣いたところで何かが変わるわけでもないし、むしろ大ちゃんに迷惑をかけるだけ。



だから、早く泣き止まないとって、そう思うのに



1度溢れてしまった涙は、そう簡単には止まってくれなくて。



必死に私が涙を堪えようとしていると



『…っ!、大ちゃん…?』




いつの間にか、私の後ろに回っていた大ちゃんに、そのまま私は優しく抱きしめられる。




『大ちゃっ…「ごめん、あなた。」



『え、…?』



「あなたが泣いてるの、俺のせいやろ…?だから…、ごめん。」




そう言いながら、ぎゅーっと抱きしめてくれる大ちゃん。



久しぶりに、大ちゃんから抱きしめられて、驚きと喜びで私の胸は高鳴って。



でも私が本当に大ちゃんに言って欲しいのは、"ごめん"ってそんな言葉じゃない。




『大ちゃんは、もう私のことなんて嫌いになった…?』



「そんなの、なるわけないやろ?」



『でも大ちゃん、最近すっごく冷たいし、私のことだって全然構ってくれへんやん…!』



「ごめん…。でもちゃうねん…!あなたのこと、嫌いになった訳やない。」



『じゃあ、どうして…!』



「俺、ずっとあなたに甘えてた。自分の気持ちをちゃんと言わなくても、あなたならわかってくれてるって。」


「でも、それがあなたの事不安にさせてたんやろ…?余計な心配させちゃって、ごめん。」




初めて知った、大ちゃんの気持ち。



大ちゃんもちゃんと、私のことを好きでいてくれたんだってわかって



なんだか私はほっとして、嬉しくて。



私は、くるっと後ろを振り返って、思いっきり大ちゃんのことを、抱きしめ返す。



『ずっと、寂しかった…。』



「うん、ごめん。でももう絶対に、あなたを不安にさせるようなこと、しないから。」



『うん…っ。』



なんてそう言って、すれ違っていた2人の時間を埋めるかのように



しばらくの間、私たちはただただ、抱きしめあって。



「あなた、顔上げて?」



大ちゃんにそう言われて、私が素直に顔を上げると



『…っ!!』



そっと、優しいキスをされて。



「あなた、大好きやで。」



『私も、大ちゃんのこと大好き。』




お互いの気持ちを伝え合いながら、私たちはもう一度吸い込まれるように、キスをする。



そんな大ちゃんとの久しぶりのキスは、少しだけ、私の涙の味がしたけれど。



今まで1番、優しくて、甘くて。



全身がとろけるような。



そんな、飛びっきりのキスだった。







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