第10話

9話
885
2021/07/09 18:26
コンコンッと病室のドアをノックする。
涼風 宙
はーい。
ドアの向こうから聞こえる宙の声に何故か僕は安心する。

そして、僕は音を出さないようにゆっくりと病室のドアを開けた。
佐藤 黒斗
お、お邪魔します〜。
白い壁に白いベッド、カーテンがふわりと舞っている。

そのうえ、窓の外に都会の夜景が映っていてまるで絵のようだ。
涼風 宙
いらっしゃい!
病院のベッドの上に座っている君はいつも通りの笑顔で。

だけど、宙を離さないかのように絡みついている心電図のコードが痛々しく見えてしまう。
佐藤 黒斗
体調は大丈夫そう?
涼風 宙
うん!
もうめちゃくちゃ元気だよ!
宙はピンピンした様子で腕を動かす。

その元気そうな様子を見て僕はホッと安心した。
でも、何故か心の底で”何か"が引っかかっていた。

まるで心のそこにあった苦くて黒いものをかき混ぜたみたいなこの感じ。

痛い。だけど苦しくない。

この正解のない感情はどうすればいいのだろう。
佐藤 黒斗
あのさ、宙って病気なの?
だから単刀直入に聞いてみる事にした。
涼風 宙
病気な訳ないじゃん!
こんなにピンピンしてるんだよ?
いつも通りのような笑顔がこの状況では痛々しくて。
佐藤 黒斗
本当に?
本当にそうなの?
こんなに聞いたって相手に迷惑がかかる事だけって分かっているのに、お節介を妬いてしまう僕は本当にバカだ。

相手が違うって言っているのに、人を信じきれない僕も本当にバカだ。

それでも僕は好奇心に負けて聞いてしまった。

これから後悔する事も知らずに。
涼風 宙
あのさ僕、親がいないんだ。
佐藤 黒斗
えっ?
想像していた返答とは全く違う。

だけどその一言は僕の心を深くえぐるような内容だった。
涼風 宙
捨て子だったみたいで、物心着く頃からずっとここに住んでるんだ。
確かに、この病室は本やゲームなどの私物が多すぎる気がする。
佐藤 黒斗
(私物が多かった理由はこう言う事だったんだ……)
僕は部屋をもう一度見渡して確認した。
涼風 宙
そのせいもあって周りには友達がいなくて、いつも一人ぼっちだったんだけど。
いつも僕の憧れだった君が"一人ぼっち"なんて様子、想像出来なかった。

あんなにキラキラしていてクラスのリーダーみたいなイメージの子なのに。
涼風 宙
そしたら、次第にいじめられてて、いつの間にか、不登校になっちゃってた。
こんな事思い出すだけで辛いはずなのに何故か君は笑ってて。

一瞬、君の考えている事が分からなくなった。
涼風 宙
そしたら……
宙はベッドのシーツをギュッと握っていた。

まるで何かを言うことをためらうような表情。

そんな時でも僕は慰めてあげる事も、暖かい言葉をかけてあげる事も出来なかった。

何も出来ずに頷いているだけ。
涼風 宙
そしたら……いじめとかのせいでストレスが溜まっちゃったみたいで。
病室が静まり返る。

さっきまで拭いていた風も空気を読むかのようにピタッと止まった。
涼風 宙
いつの間にか肺がんになってた…らしい。
そんな言葉が僕の視界を真っ黒に埋めつくした。

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