水族館に入った途端、独特な匂いが僕を包み込む。
なんか、臭い………訳じゃないけど「水族館だなぁ」って思わせてくれる匂い。
宙がそう言って周りをキョロキョロする。
それにつられて僕も周りを見渡した。
水中の銀河を仕切る大きなトンネル水槽。
無重力のようにふわふわと泳いでいる海月が僕の周りを取り囲んでいた。
そして、その海月を見ながら宙はこう言ったんだ。
海月を真剣に見つめる君の顔に水槽の水が薄く、淡く反射していた。
そのせいか君の顔が空気に溶けてしまうと思うぐらい透けて見えた。
確かに海月は綺麗だけど。
でも、来世に自分が海月になってみたいとは思わないだろう。
いつも透けて見えるように分かる君の心がモヤがかかったみたいに掴めない。
透けていて掴めない……まるで幽霊みたいだ。
出会った当初から言っていたその言葉。
最初は本当に冗談だからとか、空気が悪くなったから誤魔化すため、じゃないかなって思ってた。
でも、宙と話していくうちに本当に思っている事だったんじゃないかなって思ってしまうんだ。
それは宙にしか分からないことだけど、何か抱えてるんだったらちょっとは相談しろよ。
隠している内容は肺がんの事かもしれないけど、なんか今更隠す必要は無いんじゃないか、と思う。
僕はどう返事すればいいのか分からず、ただ立ち止まることしか出来ない。
頷くことも。
そうだね。と言う事さえもなんだか怖くて。
ふとそして僕は思う。
今、宙の相談や悩みを聞いてあげないと大変なことになるんじゃないかって。
宙が不思議そうな顔をして僕に聞いた。
宙が笑顔ならいっか。
未来を考えたって意味が無い。
だから、今をめいいっぱい楽しまないと。
だって、僕達が望んでいるのは、
"宙が長生きすること"じゃない。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!