あなた side
ただ、着信があって掛け直してみたところ
私はこの人を覚えてない。
知らない人。
そう告げたら
そう、鼻で笑う。
そうなのかな。
だったら、なんで二回も電話掛けてくれたの…?
頭のこと知ってるの…?
あ、亜嵐クンのお友達。
だから、知ってるんだ。
うん、じゃ って切れた。
私、忘れちゃいけないこと忘れちゃった…?
人を傷つける程のこと。
頭はいっぱいいっぱいで破裂しそう。
髪の毛を掴んでボサボサになる。
悲しそうな声だったな。
亜嵐クンに聞いたら思い出せるかもしれない…
あ、でも
無理に思い出すな って言ってた…
心配かけちゃうかな。
外は、暗くて雪は降ってない。
そうえば、天気予報見てないな。
ずっと美桜チャンと話してたし…
天気予報…
なにか最近、言葉に対してひっかかる。
あ ~!
思い出せない。
私、平凡な会社員で…
特にいいことも悪いこともない
ただ
ただ
普通な生活を送ってたと思う。
その日はもう寝て明日を迎えることにした。
・
俺は、電話がきれたあとでも動揺が隠しきれない。
照らされた俺の机の椅子にドサッと音を立てて座る。
机に肘を着いて頭を抱える。
本気で忘れたのかよ。
アイツ。
ドッキリとかじゃねぇの。
むしゃくしゃしてるとまた
目から熱いものがこみ上げてきて最後に堕ちた。
なんで俺なんだよ。
他に消えてもいい過去だってあるだろ。
意味わかんねぇ。
神様のお告げだ。
もう、諦めろってことだ。
何回も告白したって恋は実らない。
そういうお告げ。
カバンを取って夜の寒い道を一人で歩く。
白い息が俺の視界を邪魔する。
あなたが復帰したとしても俺を覚えてないんだ。
だったら意味無い。
この仕事を任せられることも。
誰かわからない人に自分の仕事任せられてて
いい気分はしないはずだ。
でも、これは俺のせいだ。
責任もってやらせてもらう。
あなたのいない世界ってだけ。
何も周りには変化はない。
そう。
でも
俺には支障がある。
忘れられない。
あなたのこと。
忘れる事なんて出来ないんだ。
俺には。
俺はいつの間にか隼に電話をかけていた。
ほんとに、馬鹿じゃねぇの。
誰がお前なんかに!
電話は切れた。
隼と居る時が一番自分で居られる。
ほら、あなたがいない世界でも
俺はやっていける。
いや、やっていかないと駄目なんだ。
隼の家遠いなぁ。ぼそっと呟いて向かう。
・
相変わらずコイツの部屋は汚い。
おいおい。
コンビニ弁当ばっか散乱してる。
そして俺らは座って乾杯。
ビールの入るグラスを見ながら言った。
後ろにあるソファに頭をもたれかけた。
ビールが喉にしみる。
コイツ、こんなことまで言う。
もう…!
お得意の企んだ顔。
コイツの心は読めねぇな。
今日は隼の家に泊めてもらった。
俺は、ソファの上で寝る。
そして、明日にお見舞い行く。
どんな顔して会えばいいんだ。
初めまして…?
佐野玲於です。
って
言えばいいのか?
訳わかんねぇ。
・
ジリジリジリジリジリジリジリ…
目が開くと目の前に時計を持つ隼の顔。
隼の顔から時計に目を写すと
びっくりして反射で目が覚めた。
携帯を操作しながらニコニコ笑う。
やっば。
寝癖…!
急いで洗面台に駆け込むと
前髪が上に反り上がっている。
名ずけるなら クジラの尻尾 だ。
笑いやがって。
それより、直さねぇと。
ワックス…
渡されたのは俺の探してるワックス。
ワックスを開ける俺の横に
歯ブラシをくわえて立つ隼。
ボソッていうもんだから
コイツいちいちうぜぇな。笑
背のことについて馬鹿にするしよ。
俺だって悩んでんだよ。
反り上がっている前髪も上手くまとまった。
俺らは、あなたのいる病院へと足を運んだ。
受付の人にあなたの病室を教えて貰って
エレベーターに乗り込む。
なんだよこいつ。
朝あんなけ言ってきたくせに急に優しくなってよ。
【 4階です 】
扉が開く。
隼の背中について行って
あなたの病室の前まで来た。
この先には、俺を知らないあなたがいる。
隼が扉の取手に手をかけて開いた。
その瞬間、あなたの顔が見えて─────────
笑った。
俺じゃない。
隼に微笑んだんだ。
やっば。
俺、今日もつかな。
なんか目がやばくなってきたんだけど。
隼が言うとあなたは ハッとして
理解したみたいで、ムカつくぐらいに可愛く笑う。
あいつの記憶は変わってしまったが
あいつの笑顔や言葉は変わらない。
俺の好きになったあなただった。
隼の横でボソッと呟く。
ガラガラガラ…
忘れてた。
あ、俺会っちゃいけなかったんだ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!