第9話

囲炉裏の決意
425
2021/06/13 12:20
4年も過ごしてきた小屋の中、優しく燃え上がる囲炉裏を挟んで私達は座っていた。
ガラスなんてない木の柵で出来た窓から直接夜空が見える。

少し冷えた夜風が窓から中へ入り、火を少し揺らさせる。
出来たてのほかほかなご飯を1口運ぶ。
そこまではここに引っ越してきて4年間も続けてきた日常だ。けれど、それにも今夜で終わるらしい。
ずっと下に俯き、無言でいたロンが遂に口を開く。
ロン
なぁ、ラザーラ国に戻る気は無いか?
その言葉を耳にした瞬間、動かす箸を止める。

何秒後、なんも聞かなかったことにしてまだ1口ご飯を口に入れる。
ロン
今日、ラザーラ国を見てきた。
イビル
……え?
ロン
酷い有り様だった。町は乱れ、人々は普通に道路で寝転がっていた。
ロン
賑やかで明るいあの国の……ラザーラ国の姿は少しも無かった。
ロンは、顔を上げる。ロンの頬は火の光で濡らしていた。
イビル
ち、ちょ待って……
イビル
行ったの?ラザーラ国に。
ロン
イビルだって薄々気づいていたんだろ。ラザーラ国が乱れていることに。
ロン
俺は、それが真実なのかその目で確かめたかったんだ。……だから行った。
それ以上聞いたら、この安らかな暮らしには戻れないような気がして鼓動が高まる。
ロン
イビル。
イビル
ちょ、ちょ待っ……
ロン
王座を奪う気ないか?
……分かっていた。

ロンが2年前ぐらいからラザーラ国の状況に気づき、どうかしようと悩んでいたことに。
……ラザーラ国に戻ろうかと迷っていることを。


けれど、私には_______。

イビル
…本気で言ってる?
ロン
あぁ。
イビル
…無理。
暫く沈黙が続いた。


戻れと?……王座を奪おう?あの…兄から?

行けと?あの場所に…。思い出したくもないあの場に?
イビル
ははっ、あの人と戦える力を私に持っているとでも?
ロン
持っている。
イビル
あの、トラウマの所に帰れと?
ロン
…怖くて嫌で苦しいものだと思う。
ロン
だがな、お前は王女だろ。
キョロキョロと視界を泳いでいた私の胸に貫いた言葉。
言われるまで薄々と忘れていた私の本来の存在。


ラザーラ国の王女。


かつて私にはそういう名を負っていた。ずっと背けていた現実が、今になって私の前へ回って現れる。
イビル
ご飯冷めちゃうから食べよ。
さっきから嫌な鼓動が止まらない。

それを収めるために私はニコッと微笑んでまた箸を動かす。
ロン
国民が4年も希望を信じて苦しんでいるんだぞ。
イビル
…もう私は王女じゃない。
ロン
それが只今消えかかっているんだよ。
イビル
他に誰か救ってくれるでしょ。
ロン
いいのかよ?
今すべきなことを…しなくていいのかよ!
鼓動がうるさくなるばかりだ。

なんで今?なんで今夜なの?私はこの暮らしが気に入っていてずっとこのままにいて欲しいと願ったばかりなのに!!




カチャッ!!!!

茶碗と箸を力強く床に置いた。
イビル
まだ言う?これ以上言うと怒るよ。
ギロッと久しぶりにロンを思いっきり睨んでしまった。
モヤモヤした気持ちが毒のように吐いて止まらない。
イビル
よくも私にあの場へ戻れって言えるね。
イビル
元々は、君が私を放って下へ降りたからあの事件が起こってしまったじゃん。
イビル
それとも何?まだ私を苦しめさせたいの?
イビル
竜の目の運命、悲運の道を再び歩き出せと?
イビル
ねぇ、私は普通に過ごせないの?
イビル
過ごしていたら駄目なの?
全て吐き終えるとハァハァと息が上がる。

ハッと、我に返って顔をあげると哀しげで落胆したロンの顔が目に映った。

その顔で私は自分も、自分自身に絶望した。


ロンのせいじゃない。私のせいなのに。
…いや、誰のせいでもない。誰のせいでもないのに。。。
はぁ。と一息ため息をつくとロンは立ち上がり、正座をしている私にどこかなく冷えた目で見つめてこう言った。
ロン
俺は、君の事を理解しているつもりでいた。
……だが、違ったようだな。
ロン
俺は、もう逃げる身は終わりにしたいと思う。
ロンは、右手を見つめ…覚悟を決めたかのようにその手を強く握った。
ロン
でも、君はまだ逃げていたいんだな。
低い声のトーンが部屋中に響いて、私の心までしみじみと冷たく響いてくる。
ロン
俺は、苦しんでいる人々にもう目を背けていられない。
その時、少しだけロンの声が震えている気がした。…あぁ、ロンだってロンだって、あの場に向かうのに平気なわけがない。
ロン
なのに…お前は背けていられるんだな。
それでも、前へ進もうとしている。
ロン
もう充分…逃げただろ?6年も俺らは。
クルっと向きを変えては、寝室へロンは私の視界から姿を消した。
戸を閉める音が、ロンの決意と私の決意と共に区切った。
残された私は、ぼんやりと囲炉裏の火を見つめ…父の言葉を思い出していた。
まだ殺される前、満月の下で関わした会話。

最後の最後に、父は笑顔で私にくれた金色の指輪。何故、父はそれを私にくれたのか?




















その理由を私は、もう前から……知ってた。



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