4年も過ごしてきた小屋の中、優しく燃え上がる囲炉裏を挟んで私達は座っていた。
ガラスなんてない木の柵で出来た窓から直接夜空が見える。
少し冷えた夜風が窓から中へ入り、火を少し揺らさせる。
出来たてのほかほかなご飯を1口運ぶ。
そこまではここに引っ越してきて4年間も続けてきた日常だ。けれど、それにも今夜で終わるらしい。
ずっと下に俯き、無言でいたロンが遂に口を開く。
その言葉を耳にした瞬間、動かす箸を止める。
何秒後、なんも聞かなかったことにしてまだ1口ご飯を口に入れる。
ロンは、顔を上げる。ロンの頬は火の光で濡らしていた。
それ以上聞いたら、この安らかな暮らしには戻れないような気がして鼓動が高まる。
……分かっていた。
ロンが2年前ぐらいからラザーラ国の状況に気づき、どうかしようと悩んでいたことに。
……ラザーラ国に戻ろうかと迷っていることを。
けれど、私には_______。
暫く沈黙が続いた。
戻れと?……王座を奪おう?あの…兄から?
行けと?あの場所に…。思い出したくもないあの場に?
キョロキョロと視界を泳いでいた私の胸に貫いた言葉。
言われるまで薄々と忘れていた私の本来の存在。
ラザーラ国の王女。
かつて私にはそういう名を負っていた。ずっと背けていた現実が、今になって私の前へ回って現れる。
さっきから嫌な鼓動が止まらない。
それを収めるために私はニコッと微笑んでまた箸を動かす。
鼓動がうるさくなるばかりだ。
なんで今?なんで今夜なの?私はこの暮らしが気に入っていてずっとこのままにいて欲しいと願ったばかりなのに!!
カチャッ!!!!
茶碗と箸を力強く床に置いた。
ギロッと久しぶりにロンを思いっきり睨んでしまった。
モヤモヤした気持ちが毒のように吐いて止まらない。
全て吐き終えるとハァハァと息が上がる。
ハッと、我に返って顔をあげると哀しげで落胆したロンの顔が目に映った。
その顔で私は自分も、自分自身に絶望した。
ロンのせいじゃない。私のせいなのに。
…いや、誰のせいでもない。誰のせいでもないのに。。。
はぁ。と一息ため息をつくとロンは立ち上がり、正座をしている私にどこかなく冷えた目で見つめてこう言った。
ロンは、右手を見つめ…覚悟を決めたかのようにその手を強く握った。
低い声のトーンが部屋中に響いて、私の心までしみじみと冷たく響いてくる。
その時、少しだけロンの声が震えている気がした。…あぁ、ロンだってロンだって、あの場に向かうのに平気なわけがない。
それでも、前へ進もうとしている。
クルっと向きを変えては、寝室へロンは私の視界から姿を消した。
戸を閉める音が、ロンの決意と私の決意と共に区切った。
残された私は、ぼんやりと囲炉裏の火を見つめ…父の言葉を思い出していた。
まだ殺される前、満月の下で関わした会話。
最後の最後に、父は笑顔で私にくれた金色の指輪。何故、父はそれを私にくれたのか?
その理由を私は、もう前から……知ってた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。