第18話

『違い』
305
2021/07/20 23:04
アッシュと約束してから早速1日も経った。

練習が出来るのは明日までだ。明後日は本番。それなのに……。ちっとも腕が上がらない。寒雷師匠に勝つことも出来ない。1回もだ。

その事に私は焦りを感じていた。
寒雷
余計なことを考えるな!
寒雷
私に1本入れることだけ考えろ!
イヴ
はぁはぁ、……ッ!!
カンッ______!!!!!
必死に木刀を振るも、掠りさえもしない。

空中を切っているだけで、息が上がるのは私だけだ。
寒雷
______やめッ!!!
イヴ
はぁはぁはぁはぁ…
いつの間にか日が暮れて空が赤く染まっている。

しまった、練習が出来るのは明日だけになってしまった。

休憩を済んだ昼間からずっと休むことも無く体を動かしていた為、呼吸を整える息が止まらない。
寒雷
はっきり言う。
イヴ
はぁはぁ……
寒雷
今のお前には、明後日勝つことにもこれから生きていくのも無理だ。
寒雷師匠は、私の2倍ぐらい動いたのに息を全然上がらない。それに、とても余裕そうだ。

昨夜、夕方から特訓した後 少し話を聞いた。寒雷師匠は、かつて国を支える戦士だったらしい。それもアッシュと共に長い間戦ってきた。そのことを少し懐かしそうに微笑んで話していた。

しかし、今もまだまだ現役だそうだ。
寒雷
考えろ、お前は何なのか。
寒雷
お前に出来ることはなんだ?
不可能なことはなんだ?
寒雷
まずそれを分からないと無理だ。
イヴ
…なんで、寒雷師匠は強いんですか?
寒雷師匠は、人差し指を頭に当てた。
寒雷
己の弱さを知っているから。
寒雷
そして、それを生かしているから。
己の弱さ……か。
寒雷
今夜はそれをよく考えてみろ。
そして、それを生かす方法を考え出せ。
いいね?と言い残すと、寒雷師匠は道場から去った。

薄暗くなった空を見上げて私は、首にかけていた指輪を取りだした。
イヴ
私の弱さってなんだろう。
指輪を見つめながらそっと呟いた。手には沢山の豆ができていて痛々しい。……握るのに力を入れすぎた。
イヴ
いや、力が全然無いのが私の弱さだ。
イヴ
増して、女性だし…体力も全然ない。
身体だって男性らと比べたら全然敵わないし、刀を強く打つのに力が全然足りない。

瞼を閉じれば思い出す、まだ良かった頃の記憶。
まだお父さんが生きていた頃、悲運の怖さをまだ身に持って味わってなかった頃。

長い廊下を裸足で走って見覚えのある男性に抱きつく。そして、その者の手によって高く私の体は空中へ浮かび、安心する匂いをした胸に私は笑顔で笑う。

それに対して返事するかのように、お父様も二カッと笑って私を高い高いしながらこう言う。
『素早いなぁ、猫が来たのかと思っちゃったよ。あはは!』
今になれば、この記憶もだんだん煙が混じったように掠れていく。お父さんの笑顔でさえ、時々どんなものだったのか思い出せない時も増えてきた。
イヴ
______ハッ!これだ!!

_________________________


引き戸を閉め、玄関に足を進んだ時 少しの違和感を感じ…私はすぐさま木刀を取り出して、彼に向ける。
寒雷
何の用だ?アッシュ。
アッシュ
…話すの久しいな、いつもよくすれ違っているが案外話さないものだな。
赤髪したこの男性は、アッシュ。

前、良きライバルで共に高め合う友達だった。今は、そうと呼べなくなったがな。
アッシュ
何年空けただけで、君は随分老けてしまったな。
寒雷
何年じゃない、何十年だ。
木刀を腰にしまって、私は彼へ体を向ける。

醜いものだ、時と共に老けてしまった私と不死不老で老けることが出来ない君。
共に生きて過ごすことは、無理な話だ。そんなことは、私だって彼だって随分理解している。
寒雷
君は、本当に変わらないな。時が戻ったようだ。
アッシュ
俺にはとても時が進んだように感じるがな。
アッシュは、少し悲しそうな目をして手を私の頭に乗せる。

私は、その手を私は勢いよく払う。
寒雷
お年寄り扱いするな、まだ現役だ。
アッシュ
ははっ、女性の次はお年寄りか?
寒雷
それより、お前…よくもイヴに無茶な試合を持ち込んだものだな。
アッシュ
あぁ、変わった目をしたお嬢さんのこと?
ははっと笑うと、アッシュは道場の方へ目を向けた。
アッシュ
そこまでして貰わないと、従う気無くなるやろ。
寒雷
その前に、従う気も無さそうに見えるが?
そう言うと、アッシュは少しムッとした顔で私を見る。
アッシュ
何故、あいつに手を貸した?
寒雷
負ける君が最後に一目見たくなってね。
寒雷
これは、私とお前の最後の勝負だ。
アッシュ
___そうか、受けて立つ。
俺をガッカリさせないように特訓しとけよ、寒雷。
一通りの会話を済み、私はアッシュの横を通り過ぎた。

私は、アッシュが嫌いだ。
女性とある私と違って男性である君は、力も勿論…剣士として世から認められている。
私がどんだけ頑張って努力しても追いつけない立場に彼はいる。

そして、時間によって人生を囚われる私に時間に囚われなく自由に生きられる君。
かつて、追いつかない差をどうかして埋めようと君の背を追いかけていた私も……嫌いだ。
アッシュ
……最後なんて言うなよ。
遠くなる足音に、見えなくなった姿に向けてそっと消えるように言った声は彼女に届くことも無く夜空に消えていった。




________________________


そして、試合の一日前となった。

今日も太陽が力強く照り輝く一日となりそうだ。
少し光景も見慣れた道場の中、木刀を力強く握って私は顔を上げた。
寒雷
お前の答えを聞かせて貰おうか。
今回は、寒雷も木刀を構えて早速かかってきた。ドシッと当たると同時に重さも感じる。

流石、現役。でも、私は昨日までの私じゃない__!!
女性は、身体が小さくて力も無い。それが弱い所だ。しかし、逆に言えばこれを使えば女性だって勝てる。
私は重たい刀を押し払い、早速床に這いずるかのように身を低くする。
寒雷
_____!?
力で勝てないなら、スピードで勝負である。
昨日思い出した父との会話でふと思いついた私に出来る事。
タッタッタ______!!!
アッシュとの試合はただ一本入れればいいだけ。

この1本の入れ方は必ずにも正面だけじゃない。
速さと低さで床と一心同体みたいになりながらも寒雷へ近づく。
あまりにも低いと剣は、戦いにくい。剣は低さに対応できてない道具だから_____。
なんだろう、弱さとその対策をしっかり理解しておけば、より周りが見えて冷静に判断出来るようになってきた。

そして、一本入れられる所を見つけた。私は、迷わず木刀に横向きへと力を入れて振る。
サッ___________!
寒雷
!?
しかし、それもあと1cmというところで止めた。あまりにも強く叩くのも痛そうで嫌だったから。いや、痛める行為はやはり出来ない。

だから、止めた。それから、優しく寒雷師匠の足に当てた。
ポンッ_____。
最後まで本気でやらなかったことに寒雷師匠は怒っているかもしれない。恐る恐る顔を上げると、そこには案外と微笑んでいる寒雷師匠の顔が映った。
寒雷
上出来だ、イヴ。
寒雷
よくやった、君はもう…大丈夫。
私は、木刀をしまい頭を下げた。

その日は、私に自信がとても持てた日だったように思う。











______ロン、私…明日頑張るよ。だから、目覚めて。


青空に向けて、私はそっと呟いた。


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