淡々と自分の考えや世界に対する見方を述べるシオン。
確かに、シオンの考え方に成程と感じた所はあったが同感は出来ない。
それを兄は、『当たり前だ。』と言った。
今の話を聞いて、シオンが王座につきたかった理由が何となく分かった気がした。
彼なりの世界を築きたかったんだ、彼なりに【平和】と【自由】を求めて行動を起こしただけだったんだ。
やり方が違っているだけだった_________。
______今、分かった。
私が幼い時、夜真っ暗な部屋でただ1人眠りにつく時___
まだ言葉を話せぬ私の傍に来て、空っぽな私の手を握ってくれていたのは……《お兄ちゃん》だったんだね。
お父様だとずっと思っていた、お父様がずっと私の手を握ってくれているなんて。
だけど、今考えたらきっと違う。ぼんやりと見えた人影の背はまだ幼かった。
いや、本当は分かっていた。お父様じゃないってこと、けれどそんな訳がなくて考えないようにしていた。
あぁ、どうして?……どうして私の手を握ってくれたのよ。
『痛い目を見る前に死んでしまった方が楽だよ。』
『きっとお前は、悲惨な道を歩くことになるだろう。』
『誰かに殺される運命なら、俺が殺してあげよう。』
『生まれてきておめでとう』
何故いま、思い出せるはずもない記憶を見せる?
これも竜の悪戯か?……私を弄んでいるのか。あぁ、やめてくれ。
私の涙が頬に当たったシオンがそう言った。
……やめよう、シオンに対して許しの心や愛情を芽生えるのは。
例え、あったとしても心の中に蓋をしろ。決して、言葉にしてはならぬ。
今こうしている間にも、太陽は地面下から顔を出そうとしている。空色が少しずつ暖色へと変わっていく。
目を覚ました鳥の何羽かが空を高く高く飛び上がる。
私は短剣を持った手を上げた。
シオンの胸の真ん中へと、心臓があるところへと真っ直ぐ私は短剣を振り降ろし…グザッという音と共に心臓へ命中した。
まだ残る短剣の長さと、シオンの脈、息。
短剣の鞘に両手をかけて、私はゆっくり前かがみになった。私の体重で短剣がゆっくりと奥まで届く。
私の額はそのままシオンの首下へと寄せて、ゆっくりと落ちていく脈の音を聞きながら私は唇を噛み締めた。
必死に耐えたはずだったが、私の嗚咽が伝わってしまったのか最後の最期にシオンの手がイビルの頭へとポンッと置かれた。
その言葉を最期に、シオンは息を引き取った。
シオンが言った『生きろ』の意味は、竜の目の運命を背負う私なら分かる。
血まみれになった両手でイビルは、シオンの手を揃えた。
重たい足を持ち上げて、まだ戦い続ける音を聞きながら私は大広間を通って【マサカ】の爆弾によって乱された玉座の間へと向かった。
昨日までシオンが座っていた玉座の後ろに飾ってある2mぐらいの国の旗を手にして肩に担いだ。
赤いルビーが輝く王の指輪を改めてはめ直して、私は重たい旗を持ちながらまだ戦の続ける中庭へ向かって第二門をくぐった。
第二門をくぐったイビルに称え迎えるかのように強く吹いた朝風。
その風で旗が勢いよく音を立ててはためいた。その音で前方にいた何人かは気づき…戦いの手を止めた。
カツカツと1歩ずつ前へと踏み出して進む凛々しいイビルの姿に、前方から少しずつ戦を続けていた人は手を止め…跪き始める。
塔の上にいたエペルは前方の変わった雰囲気に気づき、弓矢を下ろした。
勝ったのだと悟ったエペルは横へ顔を向けた。ルナも気づいていたのか、優しい頬笑みを浮かべていた。
エペルとルナは拳を軽くタッチした。
跪く者は、前方から少しずつ増えていき…アッシュやシキのいる後方の人にも響いた。
堂々と正門へと進み続けるイビルは、もう女王様だった。
アッシュとシキ、キールも少し遠くのところから、国旗を持ち…堂々歩くイビルの姿を目にした。
シキもしゃがんで剣を地面上に置き、跪き始めた。
トルナム国王もそんなことをするなんて2人は吃驚したが、2人も身を低くした。
トルナム国、ラザーラ国の護衛に混ざって跪く3人に、イビルは気づいたのかふと横を見た。
アッシュとキール、そしてシキまで跪いている姿が見えたイビルは『ありがとう。』と小さく呟き、また前へと顔を戻した。
全員跪いた中庭を背景に、イビルは国旗を担ぎながら正門の屋根上に登った。
屋根上に着き、立ち上がったイビルの目に映ったのは宮殿下に広がる街中に隙間なく集まった国民。
戦を始める前に『私が来たってことを知らせるように。』とお願いした護衛のお陰か、戦などの爆弾音のせいか……。
分からないけれど、思っていた以上に人が集まっていた。
黙り込むイビルに、突然姿を現した少女に騒ぎを立てる国民達。
ゆっくりと宮殿の後ろから、イビルの背中へと昇り始める朝日。
イビルは、深呼吸して輝く竜の目でラザーラ国全体を見た。
「____さぁ、もうすぐ朝が来る……!!」
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!