足先から頭上まで雨に濡れ、私は倒れたシオンの上に跨った。
シオンも意識は持っていたが、抵抗などはしなかった。イビルは、短剣をぐるっと一周して握る。その時点でイビルの勝利が99.9%確定していた。
地面に寝転がっているシオンがそう呟いた。空が少し明るくなっているのだろうか。
雨も少しずつ弱まり、止んでいく。シオンは、浅く笑った。
「そうだなぁ。」と小さく呟いたシオンは弱々しかった。
隙を見て仕返して来そうな勢いは、全然感じられなかった。いや、今のシオンから戦意そのものが全然感じられない。
まるで全てを諦めたかのような、戦うのをやめたかのような……そんな雰囲気だった。
頭から血を流しながら、シオンは語った。
シオンは、昔を思い出すかのようにゆっくりと瞼を閉じた。
23年前、ラザーラ国に王子が生まれた。そして、その男の子にシオンという名がつけられた。
それはそれは大切に、何の不自由も無く育った。しかし、違和感を感じたのは5歳の時だった。
何があったのか、シオンはばったりと笑わなくなった。まるで世の中の仕組みを全て知ってしまったかのように。
そう尋ねた時の驚いた父親の顔は、今だって明確に覚えている。
僕には、素直に感じたことを言っただけだった。
だけど、その考え方はおかしかったらしい。その日から父親は僕を異様な目で見るようになった。
__________何故なんだ?
僕がこの5年間、生きてきて思ったことだ。
何故、お金というものがあるのか?
何故、身分というものがあるのか?
何故、言葉というものがあるのか?
何故、人間という生物が存在しているのか?
________僕は、見てきた。
お金に縛られて溺れていく人間や、お金というもので物の価値が決められる現実。全ての欲求がお金で容易に変えられ、または片付けられる。
お金というもので生活に制限をかけられ、生きるのに苦しんでいる人。
誰がつくったのか知らない身分で、生まれつき将来の道は最初から決められ、自由が全く感じられなくなる。
しかも、身分のせいで人から惨められ…自分の価値が勝手に表示される。
言葉だってそうだ!!
動物みたいに言葉なんてぞ喋られなかったら、傷つくことなんて無かったはず。一つ一つの言葉に気遣って、人間の持ってしまった脆い心を必死に守っていかないといけない。
言葉が1番怖いと気づいたのは、4歳の時。高い身分を握った国王の言葉で何かも支配されていった。何かもだ。
たった一つの言葉で周りの人の表情を容易に変えやがる。おかしな話だよなぁ、全く。言葉なんて目に見えないモノなのに、首に重たい鎖をかける呪いのように感じた。
始末には、人間という存在に失望を感じた。
あぁ、お金も身分も言葉も全て作ったのは【人間】だった。
おまけに、言葉を話せず火も扱えない動物を見下し…殺して自分の糧や物にする。いや、それだけじゃなく快楽の為に弄んでいるのも見た。
何なんだ?これは。人間という存在のせいで動物はそんな扱いをされてしまうのか?
動物は、人間に怯えながら生きていくことになるのか?
思想力の持つ脳や、言葉が喋れなかったらゴミと同じ扱いをされてしまうのか?
動物だけじゃない、植物も地面も海も…資源も全てが人間という存在に関わりを持たれる。
そして、好き放題し過ぎた人間のせいで環境問題が起こっている。
だけど、人間は『困った。どう解決しよう。』と口に出すだけで何にもしない。
そんな醜い人間がまだまだ増えていくんだ。あぁ、気持ち悪い。やめてくれ、吐き気がする。
逆に考えてみろ、人間というものが世の中からいなかったら?
あぁ、なんて幸福なのだろう!何の決まりも、縛られるものもない!
皆、生き生きと自分の好きなように生きられるんだ。それを想像しただけで僕は自由を得られた。
その時、僕は気づいた。
僕は人間に生まれてきた瞬間から、【自由】は奪われていたんだって。
そして、僕はお金も身分も言葉も無く、感情や価値観に縛られることも無い自由な生き方を夢に見ていたんだって。
あぁ、僕はそんな世界で生きたい。
だが、僕はこの世に生まれてしまった。生まれてきたこの世には、もう全てが成り立っていた。何かもだ。
だから、2年後 僕が7歳の時に竜の目を持って生まれた妹には哀れだと思ったよ。
人間の特徴である偏見で、生まれた時から嫌われ…疎い存在として扱われるんだから。
そんな可哀想な妹を一目見てみようと思って、僕は夜中こっそりと会いに行った。
竜の目をしたからなのか、妹は見守る侍女もいない部屋でぼっつりとベッドの上に置かれていた。
ベッドを覗き込むと、確かに竜の目をした赤ん坊がいた。
無表情で眺める僕に、君は笑いながら手を伸ばした。僕もそっと手を伸ばすと、君は弱々しく僕の指を握った。
その時、僕は初めて泣いた。
返ってくるのは、ただ笑う妹の声だけだ。
あぁ、イビルが自覚を持つ前に何度も殺そうとしたが、なかなか出来なかったのは何故だろうか?
あぁ、分からない。……分からない。
もし、神様から「好きなように生きろ」って言われたら僕はその全てをぶっ壊す。人間というものを無くそう。
それが私の望みだ。それが僕の生きたい道だ。
ただ、それだけの話だ。
お前たちには心底その考え方が理解出来ないだろうな。こりゃ、当たり前だ、お前たちは完璧な人間なんだから。
僕が完璧な人間になり切れなかっただけだ。
これは、人間になり切れなかった僕の話だ。
だが、それに気づいてしまったからには行動を起こす。
僕が僕である為に________。
きっと、僕はあの鳥のように…ただ飛んでいるだけで良かった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。