第7話

あの日、満月の夜。②
464
2021/05/30 08:30
ロン
………。
師匠と懐かしい話をしている途中、なんか嫌な予感がして夜空へ顔を向けた。
トス師匠
どうした?ロン。
師匠は、1杯の酒を飲み越して俺が見つめる窓へ顔を覗き込んだ。

窓から見える月は、黄色ではなく真っ赤だった。
トス師匠
ん?あぁ…珍しいな。月が赤いなんて。
さっきから胸騒ぎが収まらない。…気のせいだろうか?
ロン
……すみません、師匠。帰ります。
トス師匠
え?こんな時間に?もう深夜の2時だぞ?
ロン
何か良かない勘がするんですよ。
ふっ。と師匠は微笑み、また空いた茶碗に酒をに注ぐ。
トス師匠
君の勘はよく当たる。行きたまえ。
俺は、一礼し…早速宮廷へ向かい槍を握りながら走った。


何もなかったらいいのだが、いや何も起こらないでくれ……!!












































_________



これは、酷い夢の中だろうか。

それならば目を覚まして欲しい。と何度も心の中で願うが、強い血の匂いで現実だと思い知らされた。
1歩静かに下がるはずが、恐怖のあまり滑って転んでしまった。
シオン
……だれ?
目が合った。彼の頬には、血しぶきが華やかにかかっていた。


彼は…お兄さんは、私を見ると悪魔のように微笑んだ。


まるで地獄からやってきた悪魔だ。


服の中にしまっている指輪ネックレスを布越しに握る。

あぁ。もしかしてお父様は知ってたのかもしれない。
今夜、兄によって殺されると____。


だから、この指輪を私に託したのかもしれない。
__決して彼にこれを渡してはいけないと。
シオン
見ちゃったんだね、イビル。
イビル
……ッ!!
震える足を無理やり立たせ、長い廊下を走り返す。
何故?何故待女などや護衛がいないの!?
イビル
はぁはぁ、……ッはぁはぁ!
こんな時にロンがいれば_____。
よぎった考えに頭を振る。……駄目だ!!

ロンに私は大丈夫だと約束した!!ここは私ひとりで逃げ切らないと!
イビル
誰か!!!!殺人よ!!!
何故?こんなに走っても周りを見回しても…誰にも見当たらない。

______誰一人もいない。



これももしかして、兄の計画の1つ!?
イビル
……ッ!?
ザシュ…!!
あと1秒、気づき遅れていたら私の肩は殺られていた!!


キランと光る長い剣が私の視界に映った。剣を避けた勢いで私はバランスを崩れ、そこらに倒れる。
イビル
(もう追いつかれた!?)
まだ諦めてはない。生きて…生き延びないと!!
再び起き上がろうとすると、右肩ギリギリに剣が置かれた。
イビル
……ッ
シオン
残念だね、イビル。
恐る恐る向きを変えて、彼の方へ体を向ける。

だが、恐怖のピークに達してしまったのか腰を抜けてしまった
腕の力でズルズルと後ろへ移動するも壁にぶつかる。
イビル
はぁはぁ……。……なんで?
無様な父の死体を思い出しては涙が溢れて止まらない。

お父様は、兄の手であんな場で死ぬべきじゃ無かった!
シオン
ん〜、こうしないと王座を手に入れられないから?
シオン
手に入るのに、皆の存在が邪魔だったんだよね、
イビル
それで思いついた方法は、暗殺?
シオン
僕なりに一生懸命考えた方法だよ。
兄は、左手で頬についた血を拭っては眺め…『遂にやっちゃったんだなぁ』と今頃 実感を味わっていた。
シオン
ほんと、可哀想だよね。君って。
シオン
生まれながらに歓迎されず、皆から嫌われ…始末には兄の手によって死ぬんだもん。
やっぱり……兄は、これから私を殺そうとしている。
逃げようと生きようと頭が命令しても足がズッと重たく動いてくれない。
シオン
さすが、竜の目が呼ぶ悲運だね。
イビル
…そうかな?まだ分からないよ、シオン。
それでも立て。この運命から逃げられないとしても最後ぐらい胸を張っていよう。
ガタガタと揺れる足を立たせ、近くに飾ってあった剣をとっては鞘を抜き…刀を彼に向ける。
シオン
……!あは、頑張るね。
シオン
後、シオンなんて君から初めて呼ばれたね。
イビル
もうあんたに敬意を表す必要がないからね。
シオン
…最後に君と話せて良かったよ。
シオン
____僕の為に死んでくれ、イビル。
剣を持つ右腕が高く振り上げる。私も、剣をシオンの方へ動かす。





けれど、やっぱり勝ち目はなかった。

私の剣より兄の剣が先に私の腹へ突き通った。生まれて初めて感じる痛みに口から血を吐きながら味わった。
視界もぼんやりとしてきて、体は地面へと落ちてゆく。
シオンは、私の腹に刺さった剣を抜き…『ここでの事件の犯人は君にしとくね。』と言い残して何処かへ行ってしまった。
刺された腹の穴から生暖かい血が流れては止まらない。震える手で血を止めようとするけど、その手にもだんだん力が入らなくなってきた。
…ロンは、今頃何してるかなぁ。楽しく話をしてるかなぁ?もう布団に入って眠りについてるかなぁ。

___お願い、君だけは生きていて。
力も遂に全体に回らなくなってき、呼吸も困難になってきた。辛うじて動ける目だけを空へ向けた。
さっき見た月とは違って、月は赤く染まっていた。
イビル
あはっ、月ま…で赤…く、染ま、っちゃ…ダメ、だ…よ………。

『…おいで、イビル。』


薄ら聞こえるはずのない父の声が聞こえ、私は目を閉じた。































____________



…なんだこれは。
俺は、絶望した。長い廊下にずっと続く血溜まり。

さっきから誰にも見当たらない。なんだ?何が起こったんだ?
シオン
……くっ!
なんでだ?……どうしてこうなる。
扉が開いている陛下の部屋に急いで何があったのかと見に行くと、そこは血の地獄だった。

もう肌が冷たくなっている陛下。それを目にした俺は、歯を食いしばった。
シオン
何が起こったんだ…。
すると、何処からか呻き声が聞こえた。
シオン
!?…誰かいるのか!?
呻き声がする方へ向かっていくと、裏道の所に1人の待女が倒れていた。
シオン
大丈夫か!?
侍女
くっ……、ロ、ン様。
右肩から左腰まで切られた傷跡。大量の血にもう助からないと一目で分かった。
シオン
…何があった?
侍女
シ、シオン……様の。ハァハァ…暗殺です。
シオン
シオンの……!?
侍女
陛下に…仕え…ていた人々は、ハァ……あの建物に閉じ込められ…てま、す。
少し残る意識で指差す先には、あんまり使われない倉庫の建物があった。

そこに皆が閉じ込められており、何も出来なかったと言うのか!?











…ギィ、バーーーーーーーーァン!!!!!!!

次の瞬間、響くでっかい爆発音。
待女が指差していた倉庫は 勢いよく火を燃え上がっていた。
シオン
……ッ!!
再び待女へ目を向けた時、彼女は目を開いたまま息を引き取っていた。

俺は、そっと光が消えた目の瞼を閉じらせ、手を添えて横にさせた。
…絶望し、混乱する俺の頭に ある声が浮かんだ。

『…ロン、私なら大丈夫。』

シオン
…!!イビル!!!
まだ終わってない!! お願いだ、イビルだけは、イビルだけは!!!









__生きててくれ!!




イビルの部屋に、イビルは居なかった。開いた扉からして、イビルはこの状況に気づいて逃げたのだろうか。

……いや、まだここにいる!!



俺は、呼吸をするのを忘れるぐらい端から端まで探し走った。























そして、月がよく見れるあの場所に…イビルが倒れていたのを見つけた。
ロン
い、イビル……?
それを目にした瞬間、なんだか力が消えていき…物凄く足が重たく感じた。
イビルのお腹から血が流れており、彼女の周りには大きな血溜まりが出来ていた。
ロン
もう大丈夫、俺が来たよ。
ロン
ごめんな、遅くなって…。
ロン
あは、用心棒の意味が…全然ねぇよな。
彼女は、ぐったりとしていて目を覚ます予感は無かった。
それでも彼女のお腹を布で巻き、背中におぶる。巻いた布でさえ血で赤く染まっていく。


_______。

ロン
……!?………ハハッ。
ロン
行くぞ、いいか?イビル。
……もうこの場とはさらばしよう。
シオンに見つからないように、イビルを優しくおぶりながら俺は、宮廷から出た。

赤い月が見守る中、俺はがむしゃらに追っ手が追いつかないように森の中へ向かって…足を止めることなく動かした。


















数分前____。



倒れているイビルを目にし、もう絶望した俺は助かる訳もないのにイビルのお腹に布を巻いた。

_____その時だった。







『おかえり、ロン。』







微かにそう呟くイビルの声がした。…こんな大量な血を流しているにも関わらず…まだ!生きていた。






ロン
…死ぬんじゃねぇぞ、イビル。
こうして、竜の目の姫と用心棒は暗い暗い森の中へと姿を消した。









_____________
燃え上がる倉庫の火の光が宮廷を照らす。金髪の彼は、そこに立ち尽くしていた。

___目先にはまだ生暖かい血溜まり。…だが、姿は無い。
近護衛
陛下、お呼びでしょうか。
シオン
…逃げられた。今すぐ捕まえろ。
シオン
そして、…処分しろ。
彼の命令に、近護衛は ハッ!と承知の声を上げるとその場から離れた。


そして、静けさが広まった今…彼の笑い声が響いた。
シオン
ふふっ、……ふふ、ふははははっ!!
シオン
さすが、イビル。悲運に抗うのか。
シオン
そして、実に勘のいい用心棒を持ったものだ。




…彼の凶暴はあの日、満月の夜から開始した____。





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