第62話

繋ぐ
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2018/05/30 10:44
 もしも隣にいる彼が、私の恋人だったら。
 こうして貴方の事で常に悩む事もないのだろうに。
大貴先輩
大貴先輩
…………ん?
 もしも私がもう少し早くこの世に産まれていれば。貴方と同じクラスになって、隣の席になって、貴方と同じ時間を一緒に過ごせるのだろうに。

 先に遠くへ行ってしまう貴方の背中を、私はこのまま後ろで眺めていなければいけないのでしょうか?
 
 先輩の裾を軽く引き寄せ、「先輩」と呼んでみる。
 彼は首をこちらへ向けると「どうしたの?」と首をかしげた。
あなた

私、先輩と一緒に過ごせて嬉しいです!

大貴先輩
大貴先輩
へ………ッ
 彼は顔を真っ赤に染め上げると、口元を手の甲で隠しながら目を泳がせた。そして、何やら声を震わせながらなんで、と呟いた。
大貴先輩
大貴先輩
………そんな事言われたら照れるじゃんか……ッ
 全身に清水を浴びたような、そんな爽快感が私の身体に飛び込んできた。ああ、もう何で………なんでそんな嬉しそうな顔をするんですか。

 今度は私が彼の手をパッと取り、施錠されてるであろう屋上へと駆け抜けた。

 もう会えなくなってしまう大好きな先輩と、大切な思い出を作りたかったの―――。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
 ぜえぜえと互いに息を切らしながら、最後の階段をゆっくりと一歩ずつ踏んでいく。先輩はもはやその場に腰掛けようと小さく掛け声を口にした。
大貴先輩
大貴先輩
ふぅーっと………
あなた

せ、先輩! もう少しですから!

 彼の重たい腰を上げさせ、やっとの思いで階段を登りきった私達は、珍しく施錠されていないのを確認するとこっそり屋上へと足を踏み入れた。

 コンクリートの床に、私と先輩を足してやっと届きそうな高いフェンス。もう使われなくなった机やイスが出入り口のすぐ左手側に乱雑に積まれていた。
 私達の上に広がる真っ青な空を見上げ、思わず呟いた。
あなた

先輩………本当にいなくなっちゃうんですよね

大貴先輩
大貴先輩
え、まぁそりゃあいつまでも3年でいるつもりはないよ?
 そうですよね、と苦笑しながら寂しさを空へ向ける。こんなに綺麗な快晴を、あと何度貴方と見る事ができるのだろうか?

 彼と何度も交わしてきた「またね」が、いつの間にか私達を繋ぐ合言葉になっていた。
あなた

………寂しくなるなぁ


 この青空のせいだろうか。何だかとても勇気が湧いてくる気がした私は、ふと頭に浮かんだ言葉を宙にこぼした。

 突然の本音に、彼は驚いたのか口をぽかんと大きく開けながら私の横顔をじっと見つめている。

大貴先輩
大貴先輩
本当? じゃあ俺あなたちゃんと同じ学年になるまで留年し続けようかな?
あなた

………それはダメです

 貴方との何気ない日常を、何度夢に見た事だろう。数えても数え切れない。

 でも、そんな私の儚い“夢”のために彼の人生を壊す事などしたくなかった。大貴先輩自身の問題ならまだしも、私のために留年なんて………。


あなた

ダメだけど、でも……。私、先輩とサヨナラするなんて嫌だ

 声を震わせながらそう訴えた。大貴先輩は一瞬また驚いたのか、今度は目を大きく見開きながらじっと黙りこくった。
大貴先輩
大貴先輩
……………サヨナラなんかしないよ
あなた

え、いやだから留年なんてそんなの……ッ

大貴先輩
大貴先輩
違う違う! そうじゃなくて!
 不意に冷たい秋風と共に、赤く染まった落ち葉が私達の間をひんやりと通り抜ける。

 頭に葉でも付いてしまったのだろうか?
 ゆっくりと先輩が、こちらへ手を伸ばしてきた。真剣な彼の表情はやはり慣れなくって、思わず笑みが零れそうになる。


 そんな私の必死な想いとは裏腹に、先輩の手は私の頭上ではなく頬へと伸びていった。突然の事に酷く驚きながらも、私はただ目の前の彼をじっと見つめ返した。
 大貴先輩は静かに笑みを浮かべながら、頬を撫で下ろし呟いた。
大貴先輩
大貴先輩
サヨナラなんかじゃなくて、「またね」でしょ?
 留年なんてしなくても、ほら。


 ―――私達は、もっと別の方法で繋がれるんだよ。

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