急用ができたモカちゃんに頼まれ、図書室へやって来た私。高校生になってから図書室へ来るのは初めてな私は緊張しながらも恐る恐る扉を開け顔を覗かせてみた。
中は思っていたよりもずっと狭く、私達の教室とさほど変わらないくらいの広さの室内に、生徒は誰一人いなかった。そう、カウンターでイヤホンを右耳に付けている大貴先輩以外は。
ノートの切れ端に本のタイトルが書かれたそのメモ用紙をポケットから取り出した。先輩は「ふーん……」と鼻を鳴らしながら言った。
何故かこの学校の図書室にはPCは無いようだ。ならば、どうやってこんな無数にある本の中から紙に書かれたこの1冊を見つけ出すと言うのだろう。不思議で仕方なかった。
が、渡さない訳にもいかず駄目元で手に持っていた紙切れを広げ差し出した。
ありがとう、と受け取った先輩が紙と睨めっこを始めた。先程「押し付けられた」と言っていた所を見ると今年が初めてなのだろうし、分からなくて無理もないだろう。
あまり困らせるのは良くないし、何より私自身が耐えられなかった。
先輩の手元から紙を受け取ろうと手を伸ばした瞬間、この時を待っていたかのように大貴先輩が「分かった!」と声をめいいっぱい張り上げた。
突然立ち上がった先輩は私の方へ歩みを寄せると、勢いよく腕を掴み「こっち!」とずらりと並ぶ本棚へと連れて行った。やはりここにも人1人いないようで、どれだけ辺りを見回しても私達以外に人の姿はなかった。
廊下側から2列目の本棚。どうやらこの棚は日本作家のコーナーらしく、テレビなどでよく耳にするような有名な作家の名前や作品のタイトルが書かれた本がずらりと私達を迎えてくれた。
紙と棚を交互に見ながら真剣に本を探してくれている先輩の横顔に、不覚にも胸が鳴ったのは言うまでもない。
先輩が「ほら」と指さしたのは、一番端の棚に静かに横たわる1冊の本。紙に書かれているものと何度か見比べてみたが、正にこの本だった。
本は一番上の列にあるため、低身長の私がいくら背伸びをしても届くはずがない。悔しさと恥ずかしさに押し潰され、思わず「うう……」と唸って返答した。
精一杯の強がりを見せた私は、先輩の前に立ちこれでもかと言う程に背伸びをした。が、辛うじて本を支えている板に届くだけで肝心の本に辿り着く事は出来ない。
静かに見守っていてくれた先輩も、さすがに哀れに思えたのだろう。痺れを切らし私の名前を呼んでくれたが、構わずに今度は跳ねながら本を手にしようと試みた。
着地する度に不安定になっていく足元に先輩も不安を覚えたようで、私の後ろで苦笑いをしながら再び名前を呼んだ。
咄嗟に返答しようとした瞬間、着地に失敗した私は足を踏み外し後ろへと倒れ込んでしまった。
先輩もまた直ちに身体を支えようと両肩を掴んでくれたものの、勢いに負けてしまい結局2人とも床へ身体が落ちてしまった。
ゆっくりと身体を起こした私は、ふと目の前にある小麦色の何かに気が付き顔を上げた。
2つのぱっちりとした少し大きめの瞳に、整った鼻。心配そうに歪める口元と眉。紛れもない、私の大好きな人の顔がすぐ目の前にあった。
あまりにも近くに顔があった為、思わず身体を後退させ勢いよく謝った。土下座とまでは行かないが、大体はそれに近かったかも知れない。
私の胸の内を知らない先輩が、せっかく後退した私に近づき頬に手を伸ばした。私のすぐ背後には本棚があるため、これ以上は下がれない。
……先輩の柔らかい何かが私の言葉を遮った。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。