第36話

元気が出ない。
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2018/04/11 11:02
 ただ彼と少しでも近づきたかった。
 それだけの理由で伸ばした手は、一瞬にして崩されてしまった。
 あれから1ヶ月、未だに気まずくて1度も先輩とは喋れていない。別に意地を張っている訳ではなく、本当に気まずいのだ。
圭人
圭人
………あなた?
あなた

あ、圭人………

 後ろからトンと私の肩を叩いた圭人が、心配そうな表情で私の顔を覗きながら「どうしたの?」と尋ねた。どうやら元気がないのが顔に出ていたらしい。
圭人
圭人
ここ最近先輩と話してる様子ないし元気なさそうだけど………何かあったの?
あなた

……ううん、何もないよ

 目をそらしては、と苦笑いする。だが鈍感な大貴先輩と違って勘の鋭い圭人は即座に「嘘だ」と私の頬を人差し指でつついた。
圭人
圭人
絶対なんかあったでしょ
あなた

な、ないよ!

 必死で笑顔を作り手を大きく横に振って見せる。が、じっと彼に見つめられたお陰でまんまと「ごめんなさい……」と肩を落とす羽目になった。
圭人
圭人
で? 何があったの?
 優しく微笑んだ圭人がそう尋ねた。彼の優しさに心の中に抱えていた荷物が少しだけ宙に浮いたような、そんな気分にさせられた。

 が、学校で……ましてや生徒達で賑わう廊下でその話をするのは少し気が引けた私は、背伸びをして彼の耳元にそっと囁いた。
あなた

“また後でね”

 なぜか目を丸くさせながら驚いた表情を浮かべた圭人が、優しく「うん」と微笑んでくれた。

 いつも側で眺めているはずの彼の微笑んだ顔に、思わず胸が熱く締め付けられた。


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 古典の授業というのは、なぜこうも眠気を誘ってくるのだろう。教科書に猫の落書きをしながらふと考える。昔の人が書き残した物語を読んでも何の得にもならないと言うのに。

 心の中でそんな数々の不満を零す私の思考を止めたのは、突如窓の外で降り出した雨の音だった。


 朝家で見てきたテレビの天気予報では、今日は1日晴天だと言っていたのに、実際は真っ黒な雲が先程まで青かった空を覆い隠していた。

 思わずため息を零したくなる喉奥をぐっと抑え込み、ぼんやりと宙を眺める。ああ、本当………眠たいや。
伊野尾先生
そうだ! 7月の初めは体育祭だからねー!
そろそろ組とか係決める時期だし、覚悟しておいてね
 授業中、生徒達が板書をしている合間に先生がそう言い放った。何に対してのの覚悟かは分からないが、何気なく心の中でぼんやりとそうか………と呟いた。
 ………今日も何だか、イマイチ元気が出ない。

 募る誰かへの気持ちを心に閉じ込めたまま、朧気に放課後までの時間を私なりに過ごしてみた。

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