先程裕翔や圭人が着ていたものと同じ制服を着た、そこまで高くはなさそうな背の男性。その制服と首元に下げられたネクタイの色を見る限り3年生の先輩だろう。
この学校は、学年毎にネクタイやリボンの色が変わる。1年生は赤、2年生は青、そして3年生は緑。
目の前にいる先輩らしき人は緑色なので、彼は3年生……という事になる。
ドアの隙間から顔を出していた彼はそれを耳にすると、全開にまでドアを開き「そうかそうか!」と親戚のおじさんのような明るい声調で私の肩に腕を回してきた。
その手元には、いちご味のガムが握られていた。特にガムには用はなかったので、大丈夫ですと拒んだ。
わざわざ新入生が3年生の教室へガムをもらいに来るはずがないのに、先輩はまるであの国民的アニメに出てくる婿のように「ええっ!」と驚きの声をあげた。
そして「なんだ〜」とガッカリした様子を見せると、突然私の手を取って歩き出した。
先輩はこちらを振り返り、意地悪げにニッと笑顔を見せた。そんなの、一々聞かなくても分かっているくせに。
私の「意地悪ですね!」と言う皮肉しか込められていない言葉を、彼はにししと軽く笑いながら簡単に跳ね除けた。
私の手を引きながら、1段1段を先輩の後ろを歩く私のペースに合わせゆっくりと降りる先輩が、私に背を向けながら問いかけた。
それを耳にした先輩は、思わずこちらを振り返り「え、なんか普通だな」と驚きを見せた。そんな事言われても、好きでこの名前になったわけではない。
というよりも、(連れて行ってもらっている側の私が言うのもあれだが)お菓子の袋を片手に持ちながら私の手を引き歩く先輩の方が少し変わってるのでは?と思うのは私だけなの?
感動の再会に浸ろうと2人の方へと走り出した私は、不意に先輩の事を思い出し足を止めた。
お礼を告げようと先輩の方を向き直ると、先輩は子を見守るお父さんのような微笑みを浮かべながらこちらをじっと見つめていた。
どうやら先輩も私の視線に気がついたようで、先輩の方へと再び駆け寄った私の頭を優しく撫でてくれた。
深々と礼をすると、先輩は驚いたように目を見開きながら目をぱちくりさせ私をじっと見下ろしていた。
そう言えば、先輩……思ってたよりも少し背が高い。私の方が少し上を向かないと目を合わせられないし。
いや、もしかしたら私の方が小さいの……?
そんな思考をかき消したのは、先輩が袋から取り出しこちらへ差し出した1粒の飴玉だった。
私の手を取った先輩は、少々強引な事に「はい!」と私の手の平の上に飴玉をポンと乗せた。
それをじっと見つめる私をよそに、先輩は「じゃあ俺行くわ!」と言っては踵を返した。
名前を訊ねようと呼び止めたつもりだったのだが、そんな事知りもしない先輩は、一言「またな」と次また会うような口振りを残して走り去っていった。
せめて……名前だけでも知りたかったのに。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。