メニューを選び迷っていた私に突然裕翔がそんな事を口にしてきた。思わずメニューから目元だけを覗かせながら「何で?」と首を傾げた。
どうやら注文する物が決まったらしい裕翔は、静かにメニュー表を閉じると「そっか」と目を伏せた。
これでも裕翔は私の初恋の相手でもあった。勇気が出ず告白しないまま恋が終了したお陰で、今の私達がいると思っている。
男女の友情なんて有りやしないとよく漫画などで伺うが、それはもしかしたらその物語上での話なのかもしれない。
確かにあの時、私と裕翔との間に流れていたのは“男女の友情”ではなく“私の片想い”だった。
が、今はそれも全くない。もしもあの時告白していたらこんな事も無かったかもしれない。そう思うと胸が強く締め付けられるのを時々感じていた。
長い間沈黙が流れた。その隙に注文する物が決まってしまった私は、そっとメニュー表をたたみ彼の返答をじっと待つ事にした。
1分2分が経ったその時だった。お冷の中に入れられた氷が崩れる音と共にようやく口を開いた。
それは顔の事なのだろうか。それとも………。
そんな事を考えていると、ふいに裕翔が「それより注文は?」と声掛けてきた。あっ、と声を上げた私は、慌ててパンケーキを指差した。
裕翔は頭の上まで手を伸ばし店員さんを呼び付けると、淡々と自分のと私の頼む物を読み上げていく。そして店員さんもまた、聞こえるか聞こえないかの小さな声でそれをリピートしながら記入していった。
どうしよう。全くと言っていいほど会話が続かない。テーブルに置かれたお冷に手を伸ばし、サッと水を喉に流し込む。
はぁ、本当。どうしちゃったんだろう私。
裕翔とこんなに上手く話せないの、彼を好きだった頃以来だ。
いつもよりうんとしんみりとした表情の彼に疑問を抱いた私は、思わず訊ねてみたのだが、裕翔は「ううん、何も」と首を横に振るだけだった。
それはもしかしたら、ただの私の妄想だったのかも知れない。だが、私のか耳にはそんな風に聞こえたのだ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!