休憩が入った途端、先輩はフェンス越しに眺めていた私の方へと真っ先に駆け寄ってきた。それは親の元へと走り寄ってくる子供のようで、思わず笑みがこぼれた。
思わず突っ込みを入れると、先輩は誤魔化すようにははっと苦笑いしながら「そうだっけ?」と訊ねてきた。全く、先輩って人は。
ふぅんと聞いているのか聞いてないのか微妙な返事を返した先輩は、自身の持ってきたスポーツ飲料を豪快に喉へと流し込んだ。
それをフェンス越しに眺めていた私の視線に気がついたらしく、先輩は「飲む?」と差し出してきた。
顔を赤く染めながら言葉を詰まらせる私の顔を、何気なく覗き込む先輩を遠くから同じ部員の人が「大貴ー! 始めるぞー!」と大声で呼び付けた。
咄嗟(とっさ)に告げたその言葉に軽く鼻を鳴らした先輩は、彼を呼び付けた人の元へと駆けていきながらこちらへ大きく手を振ってくれた。
用事がないのは事実だが、ずっとここでサッカー部の部活を眺めていなければいけないのかと思うとどこか退屈に思えたが、約束した訳だから渋々座って待っている事にした。
昇降口から校門までの道とサッカー部用のグラウンドはフェンスで区切られているが、面白い事に隣り合わせなため登下校の際には嫌でも目に入ってしまうのだ。
私の立っているフェンスの後ろはちょっとした芝生の斜面になっており、私はその芝生の上に腰を下ろした。
制服のポケットからスマホを取り出し、運動部よりかは暇であろう裕翔に『暇?』とメッセージを送った。
もちろん真面目なクセにマメではない裕翔だからすぐに返信が来るはずもなく、他に見るものもない私は再びスマホをポケットに片付けた。
ふとグラウンドの方から先輩の元気な声が響いてきて、思わず俯かせていた顔を上げた。
先程も先輩を呼び付けていた人が蹴っていたボールを先輩にパスすると、相手の選手であろう人達を次々にゴボウ抜きして行った。
その軽快な動きに知らずの内に目が釘付けになり、裕翔からの返信にすら気が付かないほど、有岡先輩の動きに見とれてしまっていた。
見事に全員を出し抜きシュートを決めた先輩は、私の方へと身体を向けると大きく手を振りながら満面の笑みを見せてくれた。
思わずこぼれたその言葉は、先輩に届く事もなく空気と共にどこかへと流れて行った。
先輩の笑顔を見ていると胸がチクチクと何本も注射を打たれているかのように痛み出す。と同時にとても愛おしくて、かっこよくて………暖かくて。
ああ、何となくだけど気付いてしまった。
――私、有岡先輩の事好きなんだって。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!