目と鼻の先に私達の通う学校が見えてきた。もう少しで先輩と離れ離れになってしまう。
もう少しこのままでいたかった。
あと少しだけ、先輩と一緒にいたかった。
でも、彼女でも何でもない私にはそれを伝える勇気も資格もない。
先輩、何で何も話してくれないんですか?
もう少しで一緒にはいられなくなるのに。
ふと、先輩の手と私の手が触れる。
もしも………この手を繋げたら。
そんな事が頭を過ぎると、唐突に私は彼と手を繋ぎたいと言う欲求がこみ上げてきた。
手、繋ぎたいです。繋いでもいいですか?
なんて………言えない。言えないよ。
どうやら私の視線に気づいたらしく、きょとんとした表情で首をかしげて来た。そんな顔されたら余計に言えないじゃないですか………。
勇気を振り絞れば届く距離にいるのに、どうしてもそれが出来ない私は相当の臆病者だった。
突然そう言った先輩は、私の腕を自分の身体へと引き寄せた。何だと思い目を向けると、そこには大きな水溜まりがあった。
先輩の胸板にしっかりと吸い込まれた私は、顔を真っ赤に染めながら「せ、先輩………ッ」と思わず声を震わせた。
低い声で聞き返した先輩は、そのまま私の背中へと腕を回した。先輩の胸板に顔を埋める形になった私は、イマイチその状況を把握できていなかった。
これは………いわゆるハグってやつですか?
声を震わせながら先輩はそう呟いた。目を見開き驚く私の様子など知る由もないだろう。
もしも時間を止める事が出来たなら、このままずっと永遠に止めていたかった。私だって先輩と同じ気持ちなのだから。
このまま………ずっと貴方と一緒にいたいです、先輩。
目を伏せ儚く笑った先輩は、私の身体を引き剥がした。まだ分かれ道には少し距離があるにも関わらず、先輩は「ここでいいかな?」と気まずそうに言った。
ドキドキと締め付けられそうな胸の痛みのせいか、私は何も返答できなかった。
先輩……行かないでよ…………。
オレンジ色に染まった先輩の背中は、どこか切なく見え思わず涙がこみ上げてきた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。