あれから裕翔の態度が僅かだが変わった気がした。大貴先輩と挨拶や少し会話を交わすとすぐに圭人を連れ先に行ってしまうし、裕翔に話しかけても少し素っ気ないし。
私、あの時なんかしちゃったかな?
なんて不安に駆られながらも、先輩との僅かな時間を有意義に過ごす事に専念していた。
大貴先輩の言う“あの子”とは、もちろん裕翔の事だった。通り過ぎて行った裕翔の背中を少し顔を振り返りながら追う先輩は、彼の背中へ目線を向けたまま静かにそう問い掛けてきたのだ。
慌てて「そんな事ないですッ!」と否定してみたものの、実際はどうなのかイマイチ分からなかった。
勢いで返事したけれど、残念ながらそれを了承できるかと言われれば頷くのは少しばかり厳しい。だって私、先輩に迷惑なんて掛けたくないから。
優しく微笑んだ先輩は、私の頭を乱雑に撫でてくれた。ありがとうございますなんて、緊張してとてもじゃないが言える余裕なんて無かった。本当なら言わなければいけなかったのに…………。
慌ててお礼を伝えようとしたその時、先輩の後ろから噂の“カナ先輩”が彼の背中を強く叩いた。
「いでっ」と微かに声を漏らした先輩は、何すんだよと言わんばかりに顔を顰(しか)めてカナ先輩をじっと睨んでいた。
現実を目の当たりにしたくなかった私は、慌てて踵を返しその場から逃げ出した。
何で、神様どうしてですか?
どうして………私の味方をしてくれないの?
溢れる涙を制服の袖で拭いながら廊下を走り抜ける。生徒の肩にぶつかろうと関係なかった。ただ、ただ………現実を信じたくない一心で。
行く末も分からぬまま走り抜けていた私は、突如通りすがった人に腕を引っ張られ思わず振り返った。宙に涙の粒が舞う中、視界に入ったのは昔からよく知る“彼”だった。
目に涙を溜めながらじっと彼を見つめ返した。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!