第56話

また私は逃げてしまう
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2018/05/18 15:19
 圭人に返事が出来ないまま、夏休みはあっという間に過ぎていった。彼は返事なんていらないから、と言っていたものの、やはり何も言わずにいるのは圭人にも失礼なのではないだろうか?

 とは言え、先輩への気持ちが消える訳ではなかった。なぜあの日、大貴先輩はカナ先輩と一緒に居たのか……それすら聞けないまま時間は無情に過ぎ去っていく。


 ――――私の気持ちを置き去りにして。
 ピンク色の桜は散り、緑色の葉へと変わり、次第には真っ赤な色へと染める。先輩といられる時間はあとほんの僅かなのに、私はどうして動けずにいるのだろうか。
大貴先輩
大貴先輩
おはよ、あなたちゃん
あなた

………あ、おはようございます……!



 私達の時間は一向に進む事を知らない。
 後少し、もう少しでお別れが来てしまうというのに。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
あなた

もしも………自分には他に好きな人がいるけど、その好きな人とは上手く行かなくて……そんな時に一番大切な友達に「好き」って告白されたら、先輩ならどうしますか?

 生徒で賑わう朝の廊下で尋ねるような事ではなかった。

 実際に私が置かれている状況。自分で考えて決断しなければいけないことを他人……それどころか“好きな人”に訊ねるのはきっとお門違いだろう。


 そんな事分かってる。分かってるんだけど……。

 どうしても彼の“答え”が気になってしまったのだ。
大貴先輩
大貴先輩
………えー、そうだなぁ……
 顎に手を乗せ、じっと考え込む先輩。そんな彼を首を傾げながら眺める私。2人の間にはしばしば沈黙が流れた。


大貴先輩
大貴先輩
こんな答えじゃあなたちゃんは怒るかも知れないけど、俺にはよく分かんないや……
あなた

―――え?

大貴先輩
大貴先輩
大切な友達を傷つけるのは嫌だ。でも、出来ることなら自分の好きな人と結ばれたい。んー………難しいなぁ
 その後に大貴先輩は、「告白されるのはもちろん嬉しいけどね」と付け足した。陽気な口調で淡々と答えた彼に何も言い返す事ができない。

 大貴先輩は答えになっていない、と告げたが、私からしたら彼の「難しい」という台詞が答えのようなものだった。
 やっぱり先輩に告白しても先輩を困らせるだけなのかもしれない。彼は「嬉しいけど」と付け足したが、結局は困ってしまう事に変わりはないのだ。
あなた

………ありがとうございます

大貴先輩
大貴先輩
えっ、え………!?
 大貴先輩が卒業するまであと約半年。自分に自信が持てない私は、先輩を困らせたくないからと理由を付けては行き場のない気持ちを心の奥底に閉まう。


 ―――こうして私はまた、告白という恐怖の渦から逃げ出すんだ。

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