注文したコーヒーは、いつも家で飲んでいるものよりも少しだけ苦く感じた。
波紋を浮かべる水面上に映し出されるのは、どこか少しだけ貴方に期待してしまっている私。ああ、もう……なんで。
意味のない期待を抱いていたって仕方がないのに。
まさか聞き返されるなんて思っていなかった私は、思わず目を見開きながら「別にそういう訳じゃ……」と言葉を濁らせた。
むしろ有岡先輩だからOKした所はある。きっと他の人だったら(時間も時間なので)丁重にお断りしていたかもしれない。それが幼馴染みであるあの2人だったとしてもだ。
なんて、らしくないことをぼそっと口にしてみた。先輩は照れ臭そうに髪を弄りながら「そっか」と視線を横へずらした。
先輩は喉を潤ますためか(もしくは緊張を解すためか)目の前に置かれた自分のコーヒーを1口飲むと、静かにまた口を開いた。
この日、おかしな事に私達以外にお客さんは1人もいなかった。
店の中には、奥でなにやら作業しているであろう従業員さんの声と時間を刻む振り子時計の秒針の音だけが静寂な空間の中で静かに音を立てていた。
お互いに顔を真っ赤に染め上げながら俯く私達。なんだか付き合いたてのカップルみたい。って、何おかしな妄想しちゃってるんだろう私。
そこ、呼び捨てでもよかったのに。
むしろその方がありがたかった。少しでも先輩に近づく事ができたのでは、と錯覚できるから。
そんな私の胸の内を知らない先輩は、どこか気まずそうに顔を曇らせながら静かに呟いた。
慌ててテーブルの上に無造作に置かれていた自分のスマホを取り、両手で包むように持ちながらテーブルの真ん中の方へと身体をのめらせ、QRコードを先輩に見せた。
先輩もまた、読み込むために私の方へと身体をのめらせる。自然と私達の距離が縮まり、気づけば先輩の顔が私のすぐ目の前にまできていた。
近い、近すぎるよ………。
おかげで顔が先程よりもうんと酷く真っ赤に染まるのが自分でも分かった。先輩に聞こえてしまうのではないかと思うくらい高鳴る胸の鼓動は、先輩への想いを更に自覚させようとしている。
私が、今目の前にいるこの人に恋をしている事くらいとっくに気付いてるから。
これ以上………好きって気持ちに気付かせないで欲しいよ。
先輩は私の気持ちを伝えたらどんな顔するかな?
今みたいに明るい笑顔で喜んでくれますか?
………ねぇ、先輩。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。